劉邦は「懐王の約束を反故にする気か」と憤慨しつつも、現場を仕切る実力者に対抗できるわけもなく、「あなたのご指示に従います」と手打ちに出向いた。これが有名な「鴻門(こうもん)の会(かい)」である。

項羽には、范増(はんぞう)という知恵袋がいて、この会の席上、劉邦を殺せと進言する。なにせ劉邦は、実力で秦を滅ぼした人物。今後、手強い敵になる公算が大だ。

ところが項羽は、手を下せなかった。彼は昔の映画でいえば、加山雄三扮する「若大将」のようなキャラクター。平身低頭する劉邦のような弱い立場の者には、辛く当たれない性格だったのだ。

宴もたけなわ、范増は項羽に、玉●※(ぎょくけつ)という腕飾りを持ち上げて、「決断せよ(●と決の音が同じ)」とサインを送るが、項羽は動けない。そうこうしているうちに、劉邦はトイレに行くと言ったまま自陣に逃げ帰ってしまう。范増は、こう言った。

「項羽の小僧っ子め、一緒にやってられぬわ、項羽の天下を奪うものは劉邦であろうに」

しかも、項羽はこのあと天下の覇権を握ると、劉邦を秦王とはせずに、その僻地である巴蜀(はしょく)と漢中(かんちゅう)の王としてしまう。

約束を破られた劉邦は、不満を募らせ、結局、打倒項羽へと動いていった。

この一連の経緯からいえば、劉邦という最大のライバルを育ててしまったのは、他ならぬ項羽自身だったといえる。

実力ある者は、その実力が自らを滅ぼす刃にも早変わりすることを自覚しなければならない。そうでないと、最後に笑うことなど夢物語になってしまうのだ。

※●は「王へん」に決のつくり