(PIXTA=写真)

夫のタバコをやめさせるために費用面の話をしても意味がないのは、無駄な出費であることをいくら力説したところで、禁煙の恐怖を打ち消す力にはならないからである。

こうした喫煙者の心理の背後には、タバコの恐るべき洗脳システムが働いていると指摘するのは、トヨタ記念病院禁煙外来の磯村毅医師だ。タバコの本当の恐ろしさは、慢性的な作用によって喫煙者の性格を変えてしまい、タバコなしでは生きられなくする点にある。その手口は、「2重洗脳」とでも呼ぶべき巧妙さである。

「ニコチンは強烈な薬理作用で脳のドーパミン神経を刺激し、ドーパミンを無理やり出させます。ドーパミンは幸福感をもたらす脳内物質ですが、喫煙を続けていると無理がたたってドーパミン神経が弱ってしまい、自力ではドーパミンを出せなくなる。癒やしの脳波であるα波も減少してしまいます。つまり、タバコを吸っている瞬間にしか幸福を感じられない人間になってしまうわけです」

タバコによって喜びを奪われ、タバコにしか喜びを与えてもらえない。これが磯村氏の言う2重洗脳だ。こんな状態に陥ったニコチン依存症者にとって、タバコを失うのは心の支えを失うのに等しい。だから禁煙することが、不安で怖いのだ。

「禁煙には、体の禁煙と心の禁煙があります。ニコチンは禁煙をはじめてから3日間で完全に体外に排出され、喫煙衝動もわずか2、3分しか続きませんから、体の禁煙は簡単です。喫煙衝動がきたら、これはタバコによるイライラなのだなと意識しながら凌ぐ。難しいのは心の禁煙。タバコが不安を植えつけ、その不安をタバコが解消しているという自作自演の構造に気づいてほしいですね」