なぜ、止められていたのに路上生活の子にお金を渡してしまったか
私がこのほど日本JCの会頭に就任したのは、「日本JCであれば、世の中を変えられる。会頭として先頭に立ち、その一翼を担いたい」と強く思ったからです。
学生時代から公共政策や政治に強い関心がありました。2000年に高校の体験学習でタイを訪れた際、現地のストリートチルドレンの姿を見て、ちょうど妹と同じ年頃の女の子だったこともあり、先生から止められていたにもかかわらずポケットのお金を渡してしまいました。妹が何かの偶然で日本ではなくタイに生まれ、路上生活をするようになっていたらどうだろう……。そう考えると、知らぬふりはできませんでした。ただ、目の前の子にお金を渡すだけでは大きな社会矛盾は解決しません。世の中を変えるために、自分たちには何ができるかを考え続けるきっかけとなった出来事でした。
高校卒業後は英国ロンドンの大学に進学しました。日本に戻ってからもすぐにはビジネスの道に入らず、4年間、衆議院議員の秘書を務めました。政治に関心を示す私を見てJCのOBでもある伯父が議員を紹介してくれたのです。どのように国民のニーズを吸い上げて、政策や法律が作られるのか、巨額の国家予算を配分していくのか、立法府の内部からつぶさに知ることができ、とても勉強になりました。同時に、各界との幅広いパイプもできたのが、自分のビジネスばかりでなく、いまのJC活動にも役立っています。
東京JCに入ったのも、その伯父に強く勧められたからです。「世の中を変えたい」という私の想いを酌んでくれたのかもしれません。私自身には「外国で大学時代を過ごしたから日本に同世代の友人が少ない。だったらJCで友人を見つけたらいい」という、正直軽い気持ちもありました。
ところがJCには、社会変革に本気でコミットしようとする先輩が大勢おられ、そうした方々に刺激され私の意識も変わってきました。大きな転機になったのが14年、東京JCがパラオ共和国で「わんぱく相撲」という子どもたちの相撲大会を開催したこと。イベントにはパラオのマスコミが詰めかけたほか大統領や外務大臣も参加してくれました。つまり「JCの事業」として取り組めば、それだけ社会に大きなインパクトを与えることができるのです。以来、私はますますJCの活動にのめりこむようになりました。
とりわけ力を入れたのが教育関係の活動です。例えば東京JCでは都内の「子ども食堂」や「無料学習塾」といった、恵まれない子どもの支援団体の情報を集積したポータルサイトを立ち上げ、運営する事業も始めました。サイトの役割は、貧困家庭に支援サービスを知らせたり、支援団体に補助金などの公的事業を伝えたりするだけではありません。支援物資を企業から募集するなど経済界とも橋渡ししました。地域でのJCのきめ細かいネットワークを生かし、経済と支援団体、行政をつなぐという、JCならではの存在価値を発揮できたと考えています。
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