30代、40代の「アイデンティティ危機」と重なる

ミドルマネジャーがしんどい思いをする原因の1つに、「アイデンティティ・クライシス」と呼ばれるキャリア課題があります。これは「私らしさ」の認識が揺らぎ、自分が何者なのか、なんのために働いているのかがわからなくなる現象のことでした。

「新たなアイデンティティの探究」を通じてこれを乗り越えていくことこそが、冒険的世界観における「成長」だという論点は、すでに本書の[第1章]で触れたとおりです(102ページ)。

一般的に、人生で最初の「アイデンティティ危機」は、20歳前後の青年期に訪れるとされています。多くの若者は「自分探し」をしながらもなんとか社会に飛び出し、自分の職能と結びついたアイデンティティ(たとえばセールス、デザイナー、エンジニア、コンサルタントなど)を獲得していきます。

ところが、こうして仕事に熱中していた人も、マネジャーとなって指導や育成の役割を持つようになると、次第に「自分」が揺らぎはじめます。

厚生労働省の調査によれば、課長職の平均年齢は49.2歳だそうですから、マネジャーになるのは早くとも30代、一般的には40代以降でしょう。つまり、ちょうど家庭生活などでも役割の変化が発生し、気力や体力も衰えていきやすいタイミングです。

そのため、自分のなかに生まれた「新しい私」の要素との折り合いがつかず、自己の揺らぎに直面することになるのです。これは中年期特有の問題として「ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)」とも呼ばれます。

手をつなぐ家族
写真=iStock.com/monzenmachi
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「自分の自己実現」をあきらめる人が出る時期

たとえば、ひたすらデザインの技を磨き続けてきたデザイナーでも、ひとたびマネジャーになれば、まったくデザインの仕事をしないまま、部下たちとの1on1の連続だけで終わる一日も出てくるでしょう。こういうとき、本人のなかに「自分はデザイナーだったはずなのに、いったいなにをしているんだろう?」という疑問が生じるのは、きわめて自然なことです。

また、つい最近まで同僚に対して発していた「がんばってね!」という言葉も、それが部下に対する「がんばってくださいね」になった途端、これまでとは違う意味合いを持つようになります。いつのまにか自分の言動の「主語」が“私”ではなく“会社”になっていることに気づき、そこに言い知れぬ違和感を抱く人もたくさんいるはずです。

組織で働く人が「自分の自己実現」をあきらめるのも、まさにこのタイミングです。プレイヤー時代にのびのびと仕事をしていた人が、マネジャーになった途端に「会社の駒」として振る舞うようになるのも、このアイデンティティ危機によるところが大きいと言えます。

新しい自分への違和感から逃れるために、ひとまず「調整役」に徹していたつもりが、いつのまにかその“仮面”にアイデンティティを乗っとられてしまい、自分なりの探究を完全に捨て去ってしまうのです。