婚約を機に実家を出て行った息子が戻ってくれば、ご近所からどのような目で見られるか分からない――。この両親は、息子が可愛いと言いつつも、彼の人生を立て直すことより世間体を気にしているようでした。

男性に自立してもらうため、訴訟手続きを進めていくことに決めました。ただ途中で連帯保証人が家賃滞納分を払ってしまうと、明け渡しの判決が得られにくくなります。金額によっては、訴訟を取り下げなければなりません。

そこで、両親と訴訟手続きが終わるまでの約束事を決めました。

・絶対に滞納分を男性に代わって支払わないこと
・男性自身が自発的に動き出すように促すこと
・連帯保証人として支払った分は男性から回収すること。分割でも構わない
・今ここで話したことは、男性には言わないこと

そう話し合った後、母親は台所に立ち料理を始めました。

働かず、部屋にこもってゲームばかりしている息子を「可愛い」と連発する父親と、食事を準備する母親……。このままでは男性が自立する機会を奪われてしまう。私はそんな印象を受けたのです。

裁判の当日に起きた事

期日までに男性が任意退去することもなく、裁判の日が来てしまいました。父子が揃って出廷。母親は傍聴席で二人を見守ります。

裁判所の看板
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです

裁判官が「訴状で間違っていることはありますか?」と男性に問いかけると、先に父親がこう答えました。

「間違っているところはありませんが、今日までの滞納額を全額持ってきました。このまま賃貸借契約を継続してほしいと思います」

裁判官も驚いた様子でしたが、私もその発言にびっくりしました。

あれだけ「援助できない」「息子には自立してほしい」と言っていたからです。

裁判官に促され和解室に入ったものの、そこでも男性は一言も話さず、父親が「息子が住み続けたいと言っているし、自分が連帯保証人として絶対に責任を持ち続けます」と言う熱弁に耳を傾けるのみでした。

結局、家主が「誰が払ってくれてもいい」と決断したことから、契約継続の和解を締結することになりました。

裁判官の「本日和解した内容を反故にすれば、原告は強制執行することができます。しっかり払っていってくださいね」の言葉に、反応したのは父親だけ。男性は「どうせ親父が払うんだろ」と言う表情で、自分が賃借人なのにまるで他人事でした。

子供を自立させないと親も共倒れになる

38歳の男性家族を今回取り上げた理由は、「この親子は近い将来必ず破綻し、再び家賃滞納を繰り返すことになる」と確信したからです。

両親は賃貸住まいの年金受給者。今は貯金で何とか38歳の息子を経済的に支えることができても、貯金が尽きるのは時間の問題です。私は司法書士として家賃滞納の現場を多く見てきましたが、子供が自立できず、両親まで共倒れしてしまうケースはとても多いのです。