巻き込まれた日本とオランダ
これらの装置が中国に輸出されてしまうと、仮にアメリカが設計やソフトウェアの輸出を止めていても、時間が経って中国もそうした設計能力を身につけることになった場合、先端半導体を作れるようになってしまう。
そのため、アメリカは中国が先端半導体を作れるようになるまでの時間を少しでも先延ばしするため(あるいは作れるようにならないため)に、日本とオランダに対し、半導体製造装置を中国に向けて輸出しないよう働きかけることとなった。
日蘭両国はアメリカの同盟国であり、アメリカと同様、中国が先端半導体を手にすることで、その軍事的能力を高めることは望ましいとは考えていない。しかし、中国の半導体市場は急成長を遂げており、日蘭の企業からすれば、もっとも稼げる市場をみすみす失うことは大きな痛手となる。
アメリカはあくまでも、中国に対して規制するのは先端半導体であるとして、汎用半導体は対象にならないことを強調していたが、政治的な目的のために企業の利益を制限することは、日蘭ともに躊躇する案件だった。
結果として、日米蘭三国は輸出管理の強化で合意し、日本は輸出管理の対象品目として、半導体製造装置を含む23品目を新たに加えることとしたが、アメリカとは異なり、国家安全保障のため、中国を名指しして輸出管理の体制を整えるのは法的な難しさがあった。
いまの日本の半導体産業の立ち位置
そのため、日本の場合は対象品目の輸出に関して「全地域での軍事転用を防止することが目的」として、中国のみを念頭に置いた規制ではないとしつつ、輸出管理体制の状況などを踏まえアメリカなど42カ国向けは包括許可に、中国を含めその他向けは輸出契約1件ごとの個別許可とする、との内容になった。
これにより、アメリカと対立する中国に対する規制でありながら、アメリカの同盟国である日本とオランダはこの規制に巻き込まれ、自国の関連産業の経済活動を制限せざるを得なくなった面もある。
ここまで述べたように、地政学的な意味合いが強まり、地経学上の戦略物資化している半導体。日本の製造の現状はどうなっているのだろうか。
日本の半導体産業は、1980年代に世界シェアの50%を持っていた。にもかかわらず、現在では10%に落ち込んだとして、その衰退を嘆く声が多く聞かれる。では、現在の日本は地経学的な劣位にあるのかと言えば、実はそんなことはない。
簡単に振り返っておけば、日本は1980年代まではメモリ半導体を中心に世界的な半導体大国ではあったが、それは当時のコンピュータにおいて記憶装置が重要な役割を果たしていたからであった。
しかし、1990年代にインターネットに接続したコンピュータは個々のマシンで記憶するのではなく、ネットワーク上でより高いパフォーマンスを出すことが求められるようになった。