※本稿は、鈴木一人『資源と経済の世界地図』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
ロシアへの経済制裁が成功するために必要なこと
西側諸国は、ロシアのウクライナ侵攻に対して何ができるのか、何を得ることができるのか。
しばしば、ロシアへの経済制裁は、軍事的な支援ができない中で、それに代わる手段として位置づけられ、あたかも経済制裁は「別の手段の戦争」といった理解がなされる場合がある。確かに、経済制裁は「別の手段による戦争」とは言えるが、その効果が軍事的な介入と同等という保証は全くない。
一般的に、侵略戦争に対して対抗手段を講じる場合、その目的は侵略軍を国外に追い出し、占領された地域を取り戻すこと、となるだろう。経済制裁によって得られる効果に対する期待も同様のものだとすると、それは極めて難しいと言えよう。侵略軍が国外に撤退するまでになるには、まず戦争を継続する意思を失うという状態を作り出さなければならない。
では、戦争が継続できない状況を経済制裁によって作り出すためには、どのような条件が必要になるであろうか。
第一に、ロシア国民に耐えがたいほどの経済的な苦痛が与えられ、それによってロシア国内に反戦ムードが高まり、プーチン政権に対して戦争をやめ、制裁の解除を求めるような運動が起きる状態を作り出すことである。
世論が政策に反映される可能性は低い
しかし、仮にロシア国民に耐えがたい苦痛を与えることができたとしても、それでロシアが戦意を失うということは考えにくい。というのも、国民の反戦ムードが高まり、政権に対して異議申し立てをしようにも、権威主義的国家においてそうした国民世論が政策に反映される可能性は低く、選挙による政権交代も期待できないためだ。
経済制裁で成功した例として、しばしば挙げられるイランの核開発に対する制裁がイラン核合意に至ったのも、イランでは曲がりなりにも国民の声を反映する選挙の仕組みがあり、制裁解除を公約に掲げるハサン・ロウハーニーが当選したことが大きな要因であった。
ロシアにも選挙はあるが、その公正さについては大いに疑義があり、また国民が政府に反対する運動を展開しようにも、警察や治安部隊によって暴力的に抑圧される可能性が高い。
すでに2022年2月の侵攻直後に始まったデモは即座に抑圧され、ロシア国民の間には無関心が広がっている。また反政府運動の中核となり得た野党の指導者、アレクセイ・ナワリヌイは何らかの毒物を盛られ、生命の危険にさらされただけでなく投獄された。そしてウクライナ侵攻開始から丸2年を迎えようという2024年2月16日に死亡した。