いらっしゃいませと、「すし匠」の親方・中澤圭二さんから目と言葉で迎えられた。接客マニュアルに書いてあるのか目を合わさない義務的な挨拶が主流になるなかで、中澤さんはお客の目をしっかり見る。東京・四谷に店を開いて間もない頃、お客の気分を害した失敗から目を見て迎え、目を見て話すことの大切さを改めて教えられたからだ。
「私も子どもたち(従業員)もロボットにならないことを心掛けています。このお客様はもうおなかいっぱいなのかな、といったことは、ロボットには判断できなくても人間なら自然にわかることですよ」
と簡単に言うけれど、「お任せ」で出される握りやつまみは、お客が食べたいと思う頃を見計らって現れる。このさじ加減、「ただの人間」には無理である。
「我々寿司職人は親子のような関係です。5年、6年と寮生活をし先輩や後輩と24時間顔を突き合わせて生活しています。気の合う仲間もいれば嫌な先輩もいる。でも嫌な先輩と一緒に生活することが大切。嫌なことを克服する力が養われるし、嫌われないように気遣うことを覚えるのです」
寿司職人の見習いはまず掃除の仕事を与えられる。1年間続けると洗い場で洗い物を任される。そうした下積み修業を続けてようやく板場でネタケースが洗えるようになり、やがてネタにさわれる日が来る。
「修業を積んできたからこそ『コハダにさわれる』ことの価値がわかる。するとコハダに愛情がわいておいしく作ろうという気持ちになる。おいしく作れたら――」
次はどうしたらお客様においしく食べていただくかを考えるようになるというわけだ。