水と共生する知恵から生まれた「タイ・スタイル」
また、ホテルや、公共の建物を訪ねるうちに、街中で見かける、独特なたたずまいのタイ・スタイルの住居にも目が留まるようになりました。
典型的なタイの住宅は、1階が柱だけの高床式住居です。突然のスコールに対応できるように急勾配の三角屋根がのっています。居住スペースの2階は、上部の吹き抜けから熱風が抜ける工夫もされています。
タイの中央平原は、海抜わずか2メートルほど。運河が掘られるまえは、雨期になると大量に降る雨で川が増水し、水があふれ、高床式住居の2階から舟で出入りするという、川のなかの生活になったといいます。
背の高い杭の上で暮らすような住まいは、水と共生する知恵として生まれたことがわかりました。
また、高床は通風がよく、湿気を防ぎます。土間である床下も、機織りをするなど工芸品づくりの作業場、家畜の飼育など多機能に使われたようです。
住宅とは本来、このように気候や風土に合わせたものであるはずです。
タイ・ハウスは私に、住宅の大事な基本を思い出させてくれました。
タイ・ハウスとジム・トンプソンが教えてくれた「用の美」
次第に、気力も充実してきて、タイ建築への興味が膨らむなかで、私はジムトンプソン・ハウス(博物館)と出会いました。
そこにはそれまで学んできたインテリアの世界とはまったく異なる、西洋から見た上質なアジアの美しさとインテリアの新しい概念がありました。
ジム・トンプソンはアメリカ人の建築家で、衰退していたタイ・シルク産業を復興させたことで世界的に有名な人物です。
ジムトンプソン・ハウスは、伝統的なタイ様式建築の屋敷を数棟移築して合体させたもので、実際に彼が住んでいたものです。現在は、彼が蒐集した古美術品も含めて、彼が生活したそのままの状態で博物館になっています。
タイは、東南アジアのほぼ中心という地理的条件から、同地の工芸美術や建築は、中国、インド、カンボジアなど、周辺諸国の影響がバランスよくブレンドされています。そうして生まれたタイ・スタイルに、ジム・トンプソンは心をとらえられたのでした。
トンプソンは、自分で設計したその家に、彼を魅了したタイや周辺諸国の美術品をインテリアとして効果的に配し、テーブルやソファ、食器、チェスト、花入れ、シルク・ファブリックなど「用の美」を備えたさまざまな骨董や工芸品を日常使いにして楽しみました。
それは本人をしあわせにしただけでなく、招かれた人たちの目も楽しませ、いま、訪れる私たちをも歓迎してくれています。