「日本人村」で取材する息苦しさ

目の前にアメリカ人やヒスパニックのスター選手がいても、彼らをスルーして日本人選手の動きを追いかけなければならない。「どうせお前ら、日本人にしか興味ないんだろ」と思われているように感じた。そんな視線を感じながらも日本人選手を追いかける立場に身を置くことが、僕にとってはあまり気持ちのいいものではなかった。

もし自分がスポーツ紙や通信社から派遣された記者だったら、これが仕事だと割り切って、たとえ居心地の悪さを覚えても、毎日お目当ての日本人選手を取材したかもしれない。

でも当時の僕は一介のフリーランスのライターにすぎず、毎日、特定の媒体に原稿を送るノルマもなかったので、無理に日本人選手を追いかける必要はなかった。もし仮にMLBのクラブハウスで継続的に取材をするならば、アメリカ人記者たちと同じように彼らと同じ土俵の上で仕事がしたいと思った。狭苦しい「日本人村」の外側で、もっと自由に仕事をしたいと思った。

岩によじ登った記者たちは排除された

近年の大谷フィーバーも、日本のメディア各社がこぞって「チアリーダー」に徹しているがゆえに巻き起こったものだ。大谷と日本メディアの関係を見続けてきたフレッチャー記者が、いくつか具体的なエピソードを紹介している。

「2018年に大谷が初めてエンゼル・スタジアムのブルペンで投げていたとき、何人かの記者がセンターになる岩によじ登って写真と動画を撮影しようとした。すると、エンゼルスはこの連中を排除した。

同じシーズンの後半に、大谷が肘の故障によるリハビリをしていた際に、テンピ・ディアブロ・スタジアムで8月のアリゾナ・ダイヤモンドバックスとの連戦の前、実戦形式の練習で登板したことがあった。当初は日本人記者が招待されていたが、その後、メディア非公開となった。そこで、記者一同は球場隣のホテル駐車場から覗き見をしなければならなかった」

エンゼル・スタジアムの入り口
写真=iStock.com/USA-TARO
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