静岡県掛川市に2020年、独立系書店「高久書店」が開業した。店主の高木久直さんが開業を決意したのは、本屋のない地域の子どもたちに「本に出会う場所」をつくるためだったという。全国各地の書店を訪ねたノンフィクションライター三宅玲子さんの著書『本屋のない人生なんて』(光文社)より、一部を紹介する――。(第3回/全3回)
本棚から本を選ぶ女の子
写真=iStock.com/Hakase_
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人生に悩んだ少年を救った『火の鳥』

静岡県松崎町で敗戦直後に創業した「まりや書店」には、年代を問わず本を求める人たちが集まってきていた。そこではお行儀の悪さを注意されることはあっても、立ち読みをしていたり床に座り込んで読んだりしていて追い出されることはなく、本を仲立ちに大人と子どもが年代を超えておしゃべりをする自由な雰囲気が満ちていた。地域の子どもたちはここで学習漫画や学年誌に出会い、知の冒険の扉を開いた。

生きる方角が定まらず悩む、それが10代だとすれば、その苦しい時期を私たちは誰もが通過しなくてはならない。高木は高2のとき、人生に悩み、自殺さえ頭によぎったことがあった。

悩みの渦中にあったある日、まりや書店で高木は手塚治虫の『火の鳥』を手に取った。時空を超えて存在する超生命体・火の鳥と人間の関わりを描きながら、生と死、輪廻りんね転生といった哲学的なテーマを掘り下げた物語だ。スケールの大きなこの長編を読みながら、生きるとはどういうことなのか、高木は生命の根源を考えた。そして全14巻を読み通す頃には、長く苦しい思考のトンネルから抜け出ることができていた。

29歳でフランチャイズ書店の店長に抜擢

1994(平成6)年に大学を卒業すると高木は静岡県の公立中学校で社会科の非常勤講師として教壇に立った。本採用を目指したが、当時、教員の正規採用試験は5人の採用枠に200人が受験する難関で、足踏みが続いた。非常勤講師として年数が重なる高木を置いてきぼりに、同級生は次々に結婚や転勤など人生のコマを進めていく。

そんなとき、たまたま受けた書店の採用面接に合格した。その書店は静岡市に本店を構えてチェーン展開をしている書店のフランチャイズ運営会社だった。最初の1年半で2つの店に勤め、29歳で掛川の隣の市の店に異動する際に店長に抜擢された。150坪の店を任されたものの、赴任して3カ月経つと人員が削減され、社員は高木ひとりになった。