中古ワゴン車で「走る本屋さん」をスタート

47歳の高木は会社を辞めて移動本屋を始めることを決心した。しかし、提出した退職願は保留扱いとなり、代わりに、休日に個人で移動本屋の活動をすることは許可された。そこで高木は貯金から50万円を取り崩し、約400冊の児童書や絵本を仕入れた。高木個人との取引に、児童書卸専門の子どもの文化普及協会と、中堅取次会社の八木書店が快く応じた。

子どもの文化普及協会は出版業界の独自の商慣習から離れて、本を売りたいという人に手軽に児童書や絵本を卸すことを目的につくられた株式会社だ。作家の落合恵子が、自身の経営する児童書専門店クレヨンハウスの関連会社として設立した。取引開始に際して保証金は不要、買切が基本条件となるが、雑貨店、生花店、クリニックなど、書店とは異なる業態でも本を取り扱うことができる。

八木書店は昭和初期に神田で古書店として出発した取次会社だ。大手取次会社は新設の独立書店に対する取引開始条件が厳しいと言われるが、比して八木書店は小さな独立書店との取引に好意的なことで知られる。

中古のエブリイワゴンを30万円で購入し、紺色の車体に白いペンキで「走る本屋さん」と大きく染め抜いた。週末になると本を積んだエブリイワゴンを運転して無書店地域を回った。実際に地域へ出かけると、子どもたちが群がるように本に手を伸ばした。そのうちに若い親たちが高木の来訪を喜んで迎えるようになった。

本屋を植えるひとつめの仕事が高久書店

訪ねた無書店地域の中には、120世帯のうち半数が空き家で1年に赤ちゃんが1人も生まれなかったという地区もあった。地域の老人たちは本屋が近所にあれば本当は本が買いたいのだと口々に話した。

高木は考えた。放置された空き物件を自治体がサポートして無償で貸し出せば、本屋をつくることはできるだろう。本屋に限らず、何かを自分で始めたい若い人たちが移住するきっかけにもなるだろう。無書店地域に本屋をつくるのは不可能ではない、やりようはあると思った高木は、行政と連携して無書店地域に空き物件を活用した本屋をつくるアイデアをあたため始めた。このアイデアを「本屋を植える仕事」と高木は名づけた。

そして「走る本屋さん」の活動を始めて3年が経つ頃、2019(令和元)年秋、退職届が正式に受理され、高木は退職する。翌2020(令和2)年2月に開業した高久書店は、本屋を植えるひとつめの仕事だったのだ。

積み木で作った家
写真=iStock.com/bee32
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