■シナリオ⑤:金正恩の死

金は現在40歳とみられ、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領や、ジョー・バイデン米大統領といった主要国首脳よりもずっと若い。

金がなんらかの理由で死去すれば、北朝鮮は大きく不安定化する恐れがある。

かねてから金は、国営メディアに全く登場しない時期があったり、体重の明らかな(そして劇的な)増減が観察されたりと、健康不安説(痛風、糖尿病、新型コロナ感染など)が根強くささやかれてきたが、いずれも臆測の域を出なかった。

もしも今、金が死去した場合、現体制がどうなるのかという不透明性を払拭するほどの明確な後継者は存在しない。

「(北朝鮮にとって)新しい、重大な岐路になるのは間違いない」と、ヨは語る。

北朝鮮において、金一族はまさに王族のように突出した存在で、世代間の権力の継承はかなりスムーズに行われてきた。

「北朝鮮には強力な世襲制が存在する」と、SIアナリティクスのリーは語る。

ただ、現体制は「男系の一族支配体制であるのに、現時点では明らかな男性後継者がいない」と、アムは指摘する。

金の実妹で、アメリカを厳しく非難することで知られる金与正(キム・ヨジョン)を後継者と見なす向きもある。

実際、与正は近年、公的な場で重要な役割を担う場合もあり、事実上のナンバー2との呼び声も高い。

ただ、与正は「金一族のメンバーで、行政や外交の経験があるが、現体制の強力な男性優位を克服できるかどうかは分からない」と、アムは語る。

韓国の情報機関である国家情報院は、金の娘で現在10~12歳とみられる金主愛(キム・ジュエ)が帝王学の教育を受けているとし、「現時点では(主愛が)後継者になる可能性が最も高そうだ」との見方を今年初めに示している。

ただし、「金正恩はまだ若く、大きな健康問題もなく、変動要因も多い」と慎重な姿勢も崩していない。

金には3人の子供がいるとされるが、公の場に出てきているのは主愛だけだ。

後継者が主愛であれ、与正であれ、現体制にほぼ変化はないだろうと専門家はみる。「金の死去のタイミングは重要ではないのかもしれない。

与正は既にリーダーになる準備ができている。むしろ問題は、男性だらけの政府を女性が指揮できるかどうかだ」と、アムは言う。