宮本輝の小説を本格的に読み始めたのは、いまから20年以上前。読書家だった上司から「君と同じ生まれ年の作家だから」と、『海岸列車』をポンと渡されたのがきっかけでした。幼いとき母親に捨てられた兄と妹の物語です。
当時の僕は営業企画本部長になる前後の時期。忙しい毎日でしたが、1時間以上かかる通勤電車の中で読み耽りました。以後、ほとんどの作品を読んでいます。
どこが好きかと問われれば、1作ごとに趣の違った「絵」を見るような鮮烈なイメージを残してくれる点でしょうか。同年代ということもあり、物語の根底に流れる背景などに共感するところも多かったのです。
若い頃は人と話をするのが大嫌いで、会社に入ってからも「営業だけはできません」と宣言していたほどでした。ところが、結局、営業の最前線を歩き続けることになり、いまでは人と会って話をするのが大好きになりました。これは宮本輝をはじめ、多くの小説を読んだことと無関係ではないと思います。作中人物の生き方に共鳴したり、俺とは違うなと感じたりしながら、人に対する興味が増していったのでしょう。『月光の東』は、塔屋米花という数十年も消息不明となった主人公の女性をめぐり、旧友が自殺するなど登場人物が愛憎渦巻く葛藤をくりひろげながら彼女の半生の謎をたどるという物語です。しかし、そんな中にも人間というものを肯定している作者の優しさが感じとれる。これは、宮本氏の作品全体にいえることです。
社会においても、企業という組織においても、まずは人に関心を持ち、一人一人が持っているよい部分を認めていくことが大切なのだと改めて考えさせられました。
大手住宅メーカー相手の営業からエンドユーザーに近い部署に異動したのは、ちょうどウォシュレットが発売される前年でした。1979年のことで、いまでは誰もが知る商品ですが、当初は“全く新しい文化”。多くの人にいかに認知し理解してもらうか――現場の苦労は尽きませんでした。