もともと私は乱読派。特別な一冊というより、いろいろな本から少しずつ影響を受けている。夏目漱石は全部読んだし、大江健三郎もほとんど読んでいる。初めて読んだ小説らしい小説といえば、漱石の『坊っちゃん』。自分の思いの原点だ。数年前に読み直したのを含め、10回以上は読んだだろうか。古典落語みたいなもので筋もセリフもほぼソラで言える。
よく「古典を読め」という人がいるが、その当時の時代や文化を共有できなければ共感できないし、感情移入も難しい。その点、漱石は明治維新から続く日本の心象風景を現代的に書いていて、今読んでも違和感がない。
乱読で引っかかった本の中で、安部公房の『箱男』は痛快だった。
「これは箱男についての記録である。ぼくは今、この記録を箱のなかで書きはじめている」――箱に入った男が覗き穴から世の中を見るという、書き出しの一文に衝撃を受けた。
本を読んでいて嬉しいのは、「それをいいたかった」という一節、自分を代弁するフレーズに出合ったときだ。最近は、自説の根拠を探して本を読むことが多い。
私が常々口にしていることがある。日本は単なる先進国ではなく、自ら課題を見つけ出して取り組む「課題先進国」たれということだ。その第1歩として、日本人に読んでほしいのは司馬遼太郎の『坂の上の雲』だ。
小説としてのおもしろさもさることながら、司馬遼太郎の時代認識に共感を覚える。幕末から明治にかけての日本は途上国だったものの、エネルギーにあふれていた。欧米に追いつけ追い越せという課題に全力で取り組み、克服していった日本人の姿には、大いなる勇気をもらえる。