分析で終わらない、情報に直当たりする、議論を恐れない。物事の表面に流されず独自の思考を生む秘訣を元東大総長が指南する。
情報爆発ともいえる現代、自分の頭で考えることの重要性がますます高まっている。
自分の頭で考えるにはそれなりの訓練が必要だが、大前提として押さえておくべきことがある。課題を指摘するだけの議論はやらない。ある課題と、それに対する自分なりの答えを必ずセットにして考え、答えが提案できない問題提起はしない、ということである。ここでいう課題とは、そこを突破できれば視界が開けるような、大きくて難しい問題のことだ。
こう言うと大きな顰蹙を買うかもしれないが、日本のインテリは答えのない議論が好きだ。本や論文の末尾は「今後もこの問題を考えていきたい」という問題提起で終わることが多い。困ったことである。
振り返ってみれば、明治時代は問題提起に終始していてもよかった。皆の共通目標である「欧米に追いつけ」という“坂の上の雲”が明確に存在しており、そんなときは「やりすぎじゃないか」「公害や人権侵害といった負の面にも目を向けよ」といった、インテリによる警告的な問題提起も必要だったのだろう。
いまは違う。日本はバブル崩壊後のここ20年、分厚い“雲”の中で、依然として出口を探している状態だ。アメリカは先のリーマンショックで、ITと金融による世界支配という野望が潰え、同じように苦悩している。順調にいくかに見えたEUも、今回のギリシャ危機によって通貨ユーロはもちろん、EUという構想自体が危機に瀕している。
中国だけは元気に見えるが、チベットなどの民族問題、一党独裁による弊害という政治問題、水不足や大気汚染といった環境問題と山ほどのマイナス要素を抱えている。そう、いま世界は皆さまざまな課題を抱えて、大変な状態にあるのだ。