「科学的理解」と「物語的理解」の違いとは

文科系と理科系。私たちは中学か高校か、若い頃に2つの方向のどちらかの道を選んだ。選んだといっても、「数学が嫌いだ」とか「古典が不得意だ」とかという些末な理由で選んだ方も少なくないと思う。しかし、今になって思うのだが、この分かれ道は私たちにとって、物事を考える発想の根本を決める分かれ道でもあったのかもしれない。

理科系の発想は、「現実の拠ってくるところの原因」を追究し明らかにしようとする発想だ。自然科学の世界にぴったり合うが、それが社会現実の把握や統制にも用いられる。ここではそれを「科学的理解の立場」と呼ぼう。

もう一つは、文科系の発想だ。それは、科学的理解を解きほぐして、当事者の理解に差し戻すことで見えてくるところの、「ほかにも、何か可能性がありえたかもしれない」という想像力が働くような現実理解の立場である。そうした「不可能でなく必然でない様相」は、哲学の世界では「偶有性」と呼ばれる。科学的理解に対比させて「物語的理解」と呼ぼう。