昨年11月に発表された政府の「デフレ宣言」。重大な政府見解の発表として果たして的確だったのか。政府、中央銀行にとってのコミュニケーションの本質を探りながら、情報伝達のあり方について考察する。
搭乗手続き中止を一方的に告げた某航空会社
昨年の暮れ、羽田空港から千歳空港に向かうため、某航空会社の飛行機に乗ろうとして、羽田空港のチェックイン・カウンターに着いたときに、「搭乗手続きを一時中止しています」というアナウンスが流れていた。そのアナウンスは、なぜ、搭乗手続きを一時中止しているのか、今後、どのような措置がとられるのかということについては、まったく言及されずに、何とも不親切なアナウンスがおよそ15分おきに何度か流れた。結局、乗客たちは苛立ちを隠すことなく、某航空会社のチェックイン・カウンターの前に待たされること2時間。その後ようやく機材不良のために他の機材に変更されて、羽田空港を出発した。
このようなアナウンスがなぜ不親切かというと、某航空会社が、「搭乗手続きを一時中止しています」という情報を一方的に乗客に繰り返し流すだけで、乗客に十分な情報伝達(コミュニケーション)を行おうという姿勢が見られないからである。その場は、別の航空会社の航空券を購入して、某航空会社との共同運航便を選択した自分が不運だったと諦めたが、別の場所で「コミュニケーション」の重要性が議論される場面に遭遇した。
その別の場所とは、年が明けて、正月にアトランタで開催されたアメリカ経済学会年次大会における「中央銀行コミュニケーションの役割:危機時における期待と金融市場の反応」というタイトルの付いたセッションであった。そのセッションでは、欧州中央銀行、オランダ中央銀行、サンフランシスコ連銀のエコノミストと大学の学者が中央銀行と市場参加者や公衆とのコミュニケーションについて、論文を発表して、議論が行われた。
中央銀行が市場参加者とコミュニケーションをとる理由は、金融政策スタンスの変更などのシグナルを市場参加者に送ることによって市場参加者の行動に直接に影響を及ぼしたり、あるいは、市場参加者の耳に入る雑音を小さくしたりして、金融政策の実効性を高めることにある。一方、公衆に対しては、金融政策のスタンスを知らしめて、公衆の抱くインフレ予想に影響を及ぼすことを通じて、金融政策の実効性を高めることがある。公衆がインフレ予想を抱くと、賃金・価格の上昇を要求し、受け入れやすくなるために実際にインフレを引き起こすという自己実現的予想がインフレを加速するからである(インフレ・スパイラルと呼ばれる)。さらには、中央銀行には公衆に対して中央銀行の独立性の正当性に関する説明責任(アカウンタビリティ)があることから、公衆へのコミュニケーションが必要となる。
振り返って某航空会社の場合には、出発便の遅れに関して乗客へのアカウンタビリティが果たされていなかった。より重要な問題であるが、今後どのような措置がとられるのかという情報が提供されなかったことが、乗客たちを大いに苛立たせた。待たされている乗客にとって、「搭乗手続きを一時中止しています」という状況は、そのアナウンスを一度聞けば、既知のことである。むしろ、関心事は、今後、どのような措置がとられるのかということである。これらの情報を提供しなければ、アナウンスは意味を持たない。
閑話休題。
政府は、昨年の11月20日に発表した「月例経済報告」において、持続的な物価下落という意味において、緩やかなデフレ状況にあるとして、いわゆる「デフレ宣言」を行った。その「月例経済報告」によれば、「消費者物価の基調を『生鮮食品、石油製品およびその他特殊要因を除く総合』(いわゆる『コアコア』)で見ると、緩やかな下落が続いている。9月は、季節調整済み前月比で0.1%下落した。『生鮮食品を除く総合』(いわゆる『コア』)は、緩やかな下落傾向で推移している」こと、さらには、「先行きについては、消費者物価(コアコア)は、引き続き緩やかな下落傾向で推移すると見込まれる」ことを根拠として、「デフレ宣言」を行ったのである。