こうした時代のありように「坂の上の雲」というタイトルをつけた点も見事だ。

しかし、だからといってエネルギーさえあれば坂を上り、雲にたどりつけるわけでもない。日本はそこに至るまでの鎖国の間に、とてつもなく豊かで高度な文化を醸成していた。

開国後すぐ、前島密が英国の郵便制度をもとに、あっという間に世界に通用する本格的な郵便制度をつくり上げた。当時の人々のエネルギーもさることながら、きめ細かい飛脚制度を築き上げていたからこそだ。

『坂の上の雲』
司馬遼太郎著/初版1969年
/文藝春秋刊

鎖国の間に途上国になったとはいえ、当時の欧米に後れを取っていたのは、技術だけだったのだ。だから国を開いたとたん、雲を見据え、瞬く間に坂を上り切ることができたのである。

にもかかわらず、米ブッシュ前大統領による「中東の途上国を先進国化するには日本に倣え」という主張は、日本に豊かな文化の蓄積があったという事実を忘れた発想だ。

翻って、今の日本はどうか。坂を一気に駆け上がり、雲に手が届いたまではよかったが、雲の中で何も見えない状態になってしまった。いや、日本だけでなく、先進国はどこも雲の中でもがいている。目指すべき「坂の上の雲」がない。当時のような欧米というお手本も、もはやない。

しかし、先進国・日本に「雲」がないのではない。自ら雲を描き出す力がないだけだ。では今の日本にとって雲とは何か。私は高齢化や低炭素化など国が抱えている大きな課題を解決することこそ、雲を描き出すことだと思う。先進国の次は「課題先進国」を目指すのだ。私はその思いから、『「課題先進国」日本』を著した。『坂の上の雲』に学び、今の日本にとって「雲」とは何か、そしてそこにたどりつくための「坂」とは何か。それを見いだす力が求められている。

小宮山宏氏厳選!部課長にお勧めの本

『「課題先進国」日本』小宮山 宏著、中央公論新社

何か新しいことを始めようとするとき、日本は必ず諸外国にお手本を求めてきた。その発想を捨て、世界に先駆けて需要不足や高齢化といった課題を解決していこうと説く。かつて日本人が追いかけた“坂の上の雲”はもうない。それなら自ら“雲”をつくっていけばいい。データや事実に基づき、科学的かつ論理的にその方法を紹介する。部課長クラスの方にはもちろん、今後の日本を担う若者にも読んでほしい一冊。

※すべて雑誌掲載当時

(斎藤栄一郎=構成 尾関裕士=撮影)
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