【御厨】選挙制度が政治家にもたらした影響は大きい。以前、私が安倍晋三元首相にインタビューをした時のことです。「1年生議員にどういう教育をしているんですか」と聞いたとき、安倍さんは「選挙のことだけ考えろ。政策のことを考える必要はない」とはっきり言いました。「小選挙区は勝ち上がることだけで大変。落選したら政策も何もない。だから政策は俺たち長老が考える。お前たちは当選することに集中しろ」と。つまり、若手議員は集票マシーンでいいというわけです。

やはり安倍さんの責任は非常に大きいと思いますね。7年8カ月の在任期間中に政治から議論が失われ、選挙に勝つことで問題を無かったことにしてきた。デモクラシーの基盤が崩れ、若い議員は自身で考えることをしなくなった。だから30年前と異なり、自民党の議員から反乱が起きる気配はありません。党を飛び出して野党を巻き込んで政界再編、改革を進めようとする動きが起きない。

御厨貴教授
撮影=遠藤素子
90年代の政治改革で小選挙区制が導入された。しかし、これで政治はよくなったのだろうか

政治が言葉を取り戻すしかない

【原】別の見方をすれば、国民の意識が大きく変わった結果とも言えます。政治の民主化が進んだ戦後になっても、1960年代くらいまではまだ、一般国民とは違う存在として政治家をとらえる見方があった。歴代の首相の多くが、旧帝国大学を出たエリートだったことも大きい。彼らは卓越したリーダーシップを発揮し、戦争で焦土になった日本を経済復興に導く存在だった。だから、非常に大きなエネルギーを必要とするし、庶民とは違う人間として温泉地に行くことが承認されていたわけです。

ところが民主化がいっそう進み、民主主義が日本に浸透するなかで――もちろんインターネットやSNSの発達もあると思うけれど――平準化によって、政治家と普通の人々の違いがなくなり、人々が自分たちと同じ目線で政治家を見るようになった。だから湯河原に行った舛添氏の時のように、「自分だけ温泉地に行って贅沢している」という非難が強まったのではないでしょうか。

――今の政治に必要なものは何でしょうか。

【御厨】戦後政治という大きな流れの中で考えると、池田勇人や佐藤栄作が首相だった時代に、政治はずいぶん制度化されてきた。むしろ今は制度化され過ぎてしまったのだと思います。政策は自民党の中で決まり、国会審議は完全に空洞化しています。国会は議論する場ではなく、野党による政府糾弾の場になり、ひたすら与党のスキャンダルを言い立てているだけ。