狼は一言も嘘をついてはいない
【佐藤】変装はしているのだけれども、狼は一言も嘘をついてはいないのです。相手が抱いた疑問に対して、本当のことを答えているだけです。
【池上】「因幡の白兎」と違って、余計なことはしゃべっていません。最後に「お前をいただくよ」という本音を述べるのは、万事準備が整ってからでした。
【佐藤】何ごとかを成そうと考えたときには、それに疑問を抱く人間に対しても誠実に対応する。嘘はつかないけれども、相手が本当に知りたいところは、ミッションが成功するまでは明かさないでおく。そういうのもインテリジェンスの技です。
【池上】「何ごと」は、悪事かもしれません。そういう場合には、そのインテリジェンスの技に騙されないようにする必要があるでしょう。
【佐藤】そうですね。大きな悪事を企てる人間は、意外に嘘はつかないものです。
「腹に石を詰める」という残忍な方法で狼を殺した赤ずきん
【池上】話は変わりますが、NHKのEテレで童話・昔話の登場人物を裁判にかける『昔話法廷』という番組をやっていて、この「赤ずきん」も取り上げられています。
【佐藤】やはり通常の読み方とは違った視点から、物語にスポットを当てていて、面白いですよね。例えば、「浦島太郎」では、地上に帰ると言い出した浦島太郎に危険な玉手箱を手渡した罪で、乙姫が裁かれます。
【池上】「赤ずきん裁判」の被告は、狼を腹に石を詰めるという残忍な方法で殺害した赤ずきん。言われてみれば、あまり聞いたことのない殺害方法ですが、これは狼に呑み込まれたショックで心神喪失状態になっていたから、という凝ったつくりになっています。
昔話には、勧善懲悪のようなわかりやすいパターンのものが多いのですけど、やはりいろんな読み方が可能で、そうすることで生き方を学ぶテキストになるということが、こういうのを見てもよくわかります。