※本稿は、池上彰・佐藤優『人生に効く寓話』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
◎あらすじ
昔、小さなかわいい赤ずきんと呼ばれる女の子がいた。ある日、母親にお使いを頼まれて、森の中にあるおばあさんの家へと向かうが、その途中で出会った一匹の狼に唆されて、森の横道に入って道草する。一方、赤ずきんからおばあさんの家を聞き出していた狼は、そこに先回りして、家にいたおばあさんを食べてしまう。そして、おばあさんの姿に変装して赤ずきんが来るのを待ち、やがて赤ずきんが到着すると、彼女も食べてしまった。
満腹になった狼が寝入って大きないびきをかいていると、それに気づいた通りがかりの狩人が、狼の腹の中から2人を助け出した。赤ずきんが急いで狼の腹に石を詰め込むと、起き上がった狼はあまりの重さに動くことができず、やがてへばって死んでしまった。喜ぶ赤ずきんだったが、母親の言いつけを守らなかったから死にそうな目に遭ったと反省し、二度と森の中で寄り道をしたりしない、と誓うのだった。
(「赤ずきん」グリム)狼が大蛇のように人間を丸呑みする描写が引っかかる
【池上】矢崎源九郎訳の「赤ずきん」です。これは、素直に解釈すれば、「一人で危険なところに行ってはいけません」「知らない人の誘いに乗ったりしないように」ということを子どもたちに警告するための物語ですね。
【佐藤】それはいいのですが、一つ引っかかるのは、いくら子ども向けの童話とはいえ、狼が大蛇のように人間を丸呑みする、という描写です。
【池上】おばあさんの家の近くを通った狩人は、家の中から異様ないびきが聞こえたため、どうしたのかと中に入って、狼を発見します。即座に銃で撃ち殺そうとしたのですが、もしかしたらおばあさんを呑み込んでいるのかもしれないと思い、撃つのはやめてハサミで腹を切り裂きました。
【佐藤】狩人がそんなことを想像するのは、明らかに不自然です。まだ認知能力が十分ではない子ども向けだからこそ、狼は食べ物を歯で噛み切ってから胃袋に納める、という科学的事実と明らかに反することを教えるのは、教育上、いかがなものでしょう。
【池上】「赤ずきん」はグリム童話として有名ですが、これも基になった話は、赤ずきんちゃんが狼に食べられてジ・エンドというハードボイルドで、狩人も登場しないのだそうです。やはり、「めでたし、めでたし」という物語に作り変えるために、そういう無理が生じたのではないでしょうか。
【佐藤】この狩人に関しては、物語の最後の方にさりげなく、こういう記述があります。