登場人物の中で唯一、金銭的な利益を得ている「狩人」
赤ずきんちゃんは、すばやく大きな石をたくさんもってきて、それをオオカミのおなかのなかにつめこみました。
やがて、オオカミは目をさまして、とびだそうとしましたが、石があんまりおもたいので、たちまちその場にへたばって、死んでしまいました。
これを見て、三人は大よろこびです。狩人は、オオカミの毛皮をはいで、それをうちへもってかえりました。
(「赤ずきん」グリム、矢崎源九郎訳)
【佐藤】なんと後世から登場したはずの狩人は、どさくさに紛れて死んだ狼の毛皮を剥ぎ、それを持ち帰っているんですね。登場人物の中で唯一、金銭的な利益を得ていることになります。
【池上】狼は赤ずきんやおばあさんの所有物ではありませんから、命を救ってもらった対価ではありませんよね。よく読むと、最終的に狼を仕留めたのは、機転を利かして腹に石を詰め込んだ赤ずきんだし(笑)。
狩人が、2人の人間を食べて満腹になったために眠ってしまった狼をたまたま見つけて、彼女たちを助けるついでに毛皮をいただいた。そういう物語だとすると、やはりあんまり教育的な話だとは言えないのかもしれません。
狼にとってみれば「とんだ災難」だった
【佐藤】一方の狼の立場になってみましょう。自分の縄張りである森を歩いていたら、たまたま「おいしそうな」赤ずきんと出会った。餌にしようと思っても、それ自体は当然のことです。狼は肉食獣なのだから。
【池上】言葉巧みにおばあさんの家を聞き出して、そちらもいただいてしまおうと考えたのも、生きるため。なのに、人間に手を出して、しかもちょっと欲張ったために、殺されて皮まで剝がされてしまった。狼にとってみれば、とんだ災難だったと言えますね。
【佐藤】森で赤ずきんと出会ったのが、運の尽き(笑)。
【池上】これは、“勝ち組・狩人、負け組・狼”の物語でしたか(笑)。
【佐藤】狼については、おばあさんに変装して寝ている彼と、赤ずきんとの次のようなやり取りにも注目すべきです。
そこで、寝床のところへいって、カーテンをあけてみました。すると、そこにはおばあさんが横になっていましたが、ずきんをすっぽりと顔までかぶっていて、いつもとちがった、へんなかっこうをしています。
「ああら、おばあさん、おばあさんのお耳は大きいのねえ。」
「おまえのいうことが、よくきこえるようにさ。」
「ああら、おばあさん、おばあさんのお目めは大きいのねえ。」」
「おまえがよく見えるようにさ。」
「ああら、おばあさん、おばあさんのお手ては大きいのねえ。」
「おまえがよくつかめるようにさ。」
「でも、おばあさん、おばあさんのお口はこわいほど大きいのねえ。」
「おまえがよく食べられるようにさ。」
オオカミはこういいおわるかおわらないうちに、いきなり寝床からとびだして、かわいそうな赤ずきんちゃんを、ぱっくりとひとのみにしてしまいました。
(同前)