住友信託銀行に入社してから45年が経つ。長い時間であるからこの間には、さまざまなことを本から学んだ。私には蔵書の趣味はなく、手持ちの本はそれほどないが、この『はじめに仮説ありき』は、10年以上も私の本棚の真ん中に収まっている。
そもそも本書は書店の店頭で偶然見つけたものだ。話題になっていたわけでも、著者の佐々木正氏を存じあげていたのでもない。「仮説」という表題が気にかかり、パラパラとめくったら面白そうだったので買い求めた。この判断に間違いはなかった。この本で知ったのであるが、佐々木氏は、シャープの技術者として電卓の開発に心血を注いだ斯界の功労者である。技術者が執筆した本を手にする機会がほとんどなかった私にとって、まさに運命的な出合いとなった。その魅力は2つある。
本書は、昭和40(1965)年ごろから始まった電卓戦争にスポットを当て、約8年間に及ぶ電卓開発ストーリーを主軸に構成されている。私が住友信託銀行に入社したのはこの年であり、そこからの8年間は私の社会人としての青春時代とピタリと重なり合う。だから本書で取り上げられている「技術革新」はリアリティをもって迫ってくる。
入社2、3年目の頃、私は提案魔だった。「何かしなきゃいかん」という使命感にかられ、さまざまな提案を上司に行った。結局、ほとんどは採用されなかったものの、それでもめげずに提案を続けていた若手社員の時代、私が勤務する部屋の片隅では、本書にも出てくる技術改善前の巨大な計算機がすさまじい音を立てて唸っていた。そんな個人的な感傷に浸れたことが本書への親近感を強めたのだ。これが本書に惹かれた第一の理由である。