一方、社長時代に私がよく社員に話をしたのが「7対3の仮説」である。

『はじめに仮説ありき』
シャープで当時最先端の電卓開発に携わり、世界的な技術者の地位を確立した著者が記した、電卓を巡る家電メーカーの熾烈な戦い。トップメーカーにおける技術開発の描写も楽しめ、同時にすべての人に「仕事」の意義を問いかけてくる。佐々木 正著/初版1995年/クレスト社刊

私の社長就任当時、拓銀や山一証券が相次いで経営破綻するなど、国内の経済環境は非常に悪かった。銀行経営においても不良債権の償却や公的資金の注入など、後ろ向きな話題が多かった。しかしどんな環境であろうと会社は黒字に持っていかねばならない。したがって期初に課せられる目標は、社員にとって到底達成不可能な高い数字になってしまうことが常であった。「そんなものできるはずがない」というのが、目標に対する社員の第一声だった。

そこで私が説いたのは、「達成のメドがついているものは目標ではなく予定である。私が示したものは予定ではなく目標なのだ。物ごとの7割は通常の継続的な努力の中で見通せるが、3割は読めない。計画や目標において予測の精度を上げることより、重要と考えるテーマを設定し、挑戦することのほうが大事だ。それこそが、企業人としてのロマンであり夢だろう──」と。

予測不可能な部分を抱えながら前に進むのが経営だという、この「7対3の仮説」は、いまも変わらぬ考えとして持っている。そして、局面を打開しなければならないときには、机の前で考えてばかりいても事態は一向に進まない。そこで「仮説・実行・検証」をひたすら繰り返せとも強調したのだ。

社員から出てきた具体的な仮説は、結果として成功例より失敗例のほうが強く印象に残っている。だが、ナノテクの分野に注目してはどうかとか、新しい形態の農業経営を支援すべきではないかなど、積極的なアイデアが生まれる環境を築けたことは、会社の財産になっていると実感している。

著者はまた、「人々を幸福にする技術とは何か」を考えていけば、自然と仮説は生まれてくると説いている。「技術」という言葉を別の言葉に置き換えれば、あらゆるビジネス、職業にも通じる哲学となる。