記憶に徹底するためには、声による繰り返しが大切

第二に、文字による記録に頼ることができない「声の文化」においては記憶が大切です。そのため口誦は、韻やリズムを大切にし、キーフレーズが繰り返される傾向にあります。お経は「声明」と呼ばれる独特の節をつけて、リズムに乗せて読誦されることで、文字の読めない庶民にも暗唱されるようになりました。ヒップホップにおけるラップの歌唱法が、リズム感(グルーヴ)を伴って、韻(ライム)を踏んだ歌詞(リリック)を歌うのも同じです。

情報は必要な時に調べれば良いと考えがちな現代の私達は、あまり記憶することに重きを置かなくなっていますが、行動や判断をする際に重要になる言葉や文章は頭に刻み込んでおく必要があります。

政治家は街頭演説を行い、人々の記憶に残るよう自分の名前を連呼し、当選すると国会で言葉の論戦を繰り広げます。トランプ前大統領がMake America Great Again等の決まり文句を繰り返し、音楽やダンスを交えたライブのような政治イベントを演出したのも、平易なフレーズを繰り返す声の文化が熱狂を生み、支持者を増やすことを理解しているからです。

楽天グループが月曜朝8時の朝会を創業以来欠かさないのも、重要なメッセージを社員の記憶に徹底させるには、声によって繰り返し伝達することが大切だからでしょう。

楽天モバイル 渋谷公園通り店
楽天モバイル 渋谷公園通り店(写真=Antonio Tajuelo/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

せっかちな孫正義社長は「電話魔」

社内の改革に取り組む社長や役員の方から、改革を成功させるには、話している本人が飽き飽きするほど同じ話を繰り返し現場に伝えることだ、と伺ったことが何度かあります。声のコミュニケーションによって人々はメッセージを記憶し、自らの行動を変えていきますが、それには話し手が思う以上に聞き手に同じメッセージを繰り返す必要があるのです。

オングがいう声の文化の第三の特徴として、声による会話は、その場での答えを得るためのものが多く、実践的かつ具体的になります。また相手の背景知識と理解力次第という意味で状況依存的であり、即興的になります。そういう意味では、声の文化は、「脳に関する仕組み」「記憶と思考に関する仕組み」でいうところの、即興的に行う脳の働きそのものです。

せっかちな孫正義社長は実は電話魔です。問題や疑問があると、会議中でもそれを解決できそうな社員にすぐに電話を繫ぎ、質問し、そしてその場でネクストアクションをコミットさせます。また、仕事において時に、テキストメールのやり取りで双方が感情的な応酬を延々と続けてしまうことがあります。しかし仕事ができる人は、齟齬そごがあることを確認すると、メール返信の文章を考える前に、すぐに相手の席に行き、話し合って解決してしまいます。