多くの人々にとって情報伝達の主体は声だった
文字を石や貴重な羊皮紙に記すしかなかった時代においては、多くの人々にとって情報伝達の主体は声でした。人々は子や孫に伝えるべき情報を、『ギルガメッシュ叙事詩』や『古事記』などの口承文学や神話に託し、言葉を身体に刻み込み記憶することで伝承してきました。
中国の『論語』をはじめとする四書五経も音読(素読)が基本です。内容をすぐに理解することよりも、幼児期から言葉の響きとリズムを反復・復唱する素読によって、身体で体得し、さらにはそれを子や孫の後世に伝えることに重きをおいてきました。
音声・声によるコミュニケーションは私達の脳の記憶や身体性と強い関係性があり、視覚や文字とは本来的に異なる特性を持っています。アメリカの哲学者、文化史家ウォルター・J・オングは『声の文化と文字の文化』において、文字に対する声の文化の特徴とその重要性を次のようにまとめています。
声には人々の感情に直接訴える力がある
まず、第一に声には特別の没入感を持って人々の感情に直接訴える感情移入的要素があり、話し手と聞き手を一体化する力を持ちます。音声や声が熱狂を生み出す有名な例が、ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーの演説です。
開発されたばかりのラウドスピーカーによって、ヒトラーの演説は、10万人以上の集会参加者の最後尾まで届き、演説がプロパガンダに有効であることに気づいたナチスは、当時高価だったラジオの廉価版を開発普及させ、歓声や拍手を交えた演説を連日国民に向けて放送したと言われています。
ラジオ放送でも言われてきたことですが、ミュージシャンやポッドキャスト配信者と紐づく広告はエンゲージメントが高いということがデータとして示されています。私達が何かコンテンツを配信する時も、場合によってはテキストブログではなく、ポッドキャストのほうが良いかもしれません。
企業においても、メールや社内コミュニケーションツールがある中で、上司と部下が、改めて時間を取って1on1ミーティングを行うのも、異動や解雇等の重要な人事決定を直接会って口頭で伝える必要があるのも、声の文化における感情を込めた全人格的なやりとりが必要だからです。