「自分は大事じゃない存在だ」という悲しい意識

「例えば僕が外来で診ているリストカットする女の子たちの多くが、風俗でバイトしています。風俗をする子たちの多くが子ども時代に性的な虐待や身体的な虐待を受けていて、自分は大事じゃない存在なんだという意識が染み込んでいます。僕の調査では、精神科外来に来る10代の女の子の67%が深刻なトラウマを抱えていました。人生のどこかで暴力の持つパワーを体験している人たちです。

精神分析の専門家の中には、自傷行為は子ども時代に体験した家族ドラマを象徴的に再現しているという説を述べる人もいます。つまり、切る自分と切られる自分とその一部始終を無力感を持って眺めている自分、それは暴力を振るうお父さん、殴られているお母さん、両親がこんなに中が悪いのは、私が生まれたからこうなったんだと勝手に意味付けしてしまう子ども自身という三者をリストカットによって再現しているというのです。そういうセルフイメージを持っている女の子たちが、風俗やAV出演の誘いに敷居が低くなっているのは間違いありません」

風俗も自傷行為と捉えることができる。風俗で見知らぬ男性に抱きしめられているとこの世にいていいんだという感情を持つことができると松本氏に話したある女の子は、その繰り返しによって少しずつ自己愛をためていき生き延びられている。一方で、風俗で働くうちに自傷がエスカレートして性的なトラウマの蓋が開き、覚醒剤に手を出してしまった女の子もいる。

「物事にはポジティブとネガティブの両面がある、その最たるものが自傷行為だと思います。だから、自傷を頭ごなしに否定するのは意味のないこと」

精神科医が「話を聞くことしかできない」と言う理由

親との関係をはじめ、人によって傷ついた女の子たちが、必要な出会いを得て、回復していく可能性もあるという。その土台を整える大切な場となるのが診察なのだ。だが、松本氏は意図的に女の子に期待させないようにしている。

「そもそも人を信じることのできない子たちですから、変に期待を持たせてがっかりさせることは避けなくてはなりません。ですから僕に任せてなどとは決して言いません。『できることは話を聞くことだけなんだよねー、しかも5分だけ』(笑)と最初に限界を明示して、『でも、応援しているからね』と」

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部部長で精神科医の松本俊彦氏
撮影=プレジデントオンライン編集部

そうしてなんとか嵐をしのいでいくうちに、恋愛や友達との出会いによって、女の子たちが自分から変わっていくこともあるという。

嵐が吹き荒れる間、最も苦しいのは女の子本人だ。周囲の大人にできることは、感情的にならずに、自傷について話せる関係をつくること。このスタンスを大人が心得て初めて、リストカットをせずにいられない心のうちを知る一歩が始まるようだ。

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