なぜ女性たちは「路上売春」をやめないのか。ノンフィクションライターの高木瑞穂さんの著書『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』(鉄人社)より一部抜粋し、横浜市内の高級住宅街で生まれた31歳の舞台女優・琴音さんのケースを紹介する――。(前編/全2回)

全裸にして殴る蹴るを繰り返した

舞台女優でもある琴音が街娼になったのは28歳、コロナ禍前の2019年夏である。

「親ガチャ(ネット俗語で、親を自分で選べないこと)」により、人生は大きく左右される。よく言われるように、何度か会ううちに少しずつ語られた路上に立つまでの道のりは、確かにそれを体現したかのようなものだった。

琴音は1992年、瀟洒な家々が並ぶ横浜市内の高級住宅街で生まれた。大手商社でサラリーマンをしていた父と、専業主婦の母。絵に描いたような準富裕層家庭のひとりっ子だったが、幼稚園に上がるころになると琴音は、母によるしつけという名の虐待で全身に痛ましいアザをつくるようになった。

横浜の高級住宅街で育った琴音(31歳)(写真=『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』より)
横浜の高級住宅街で育った琴音(31歳)(写真=『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』より)

学習塾、英会話スクール、ピアノ、バレエ、新体操――過保護で教育熱心だった母は、それらの成績がふるわないと、大切な一人娘を愛するばかりに琴音を全裸にして殴る蹴るを繰り返したのだった。

セレブ幼稚園のママ友たちを見返したかった

虐待は決まって父のいない隙に行われた。だから父親は知らないし、また母が怖くて相談もできなかったという。ちなみにその虐待は、琴音が小学校の中学年になると止んだ。母が改心したわけではなく、琴音が成長して抵抗できるようになったからだった。

「母には自分をハブにしたママ友たちへのコンプレックスがあって、それが私に向けられていたと思うんですよ」

通っていたのはセレブ幼稚園で、保護者同士の見栄の張り合いが絶えなかった。

そんななか母は、寝坊をしがちで、登園時間に間に合わないことが頻発してママ友から仲間外れにされていた。

その結果、周囲が娘に小学校受験をさせることを知らされず、準備が遅れて自分の娘だけ公立小学校に進学させるはめになった。

きっとそれが悔しかったんだよね。だから私を立派に育ててママ友たちを見返したかったんだよね――琴音は母が虐待を繰り返した持論を当時の自分に問いかけるようにして語った。