夫を異性として好きかというと、ちょっと違う
「ずっとしないままできている人」とは、つまり梓さんの夫のことをやんわりと言っているのだと私は思った。もし、未踏の地を未知の人と踏んでしまったら、梓さんの心はどう変わっていくのだろうか。たとえば夫に対する気持ちなどは……?
「どうですかね……?」
梓さんはまた、私に問いかけるように言った。
「夫のことを好きは好きなんですけど、異性として好きか? と言われたら、夫婦らしさというものはないから、ちょっと私は違うんですよね。ただこの気持ちは、今もこれから先も、変わらないんじゃないかと思うんです。たとえるのが難しいんですけど、好きとか嫌いではなくて……」
やっぱり梓さんと夫との間には、他の夫婦とは違う夫婦関係があるということなのだ。
「人としては愛情があって好きですけど」
梓さんは付け加えた。肉体関係のないカップルは感情の盛り上がりが低い代わりに、同じ感情や距離感でいけるので、かえって穏やかに続いていくのではないかと、梓さんの話を聞いて私には思えてきた。しかし、夫のほうの気持ちが聞けていない。梓さんへの思いやりは感じられるが、夫であっても人である以上、梓さん以外の人を好きにならない保証はない。
もし夫に好きな人ができたらどうするか
ある日、「好きな人ができた」と夫から言われたら、梓さんはどう思うだろうか。
「どう思う? ……」
梓さんは答えを掴もうとでもするように顔を上げて、視線を泳がせていた。やがて、
「しょうがないのかなと思います」
冷静な口調で喋り始めた。
「私と夫との間に肉体関係がある上で、夫が他の女性と……ってなったら、いい気分はしないんですけど、(肉体関係が)ないので、それに関しては私は何も文句は言えないです。むしろ、私は夫が(性欲を)どうしてるか心配なんです。外でどうしてるか干渉しないので想像がつかないんですが、もし夫に好きな人ができたら、それはそれでしょうがないのかなと思います」
梓さんは、言葉を選びながら言った。ここまで聞いて私は、梓さんは「人として」だけでなく、A氏に対して「夫として」愛情や情があると確信した。「もし」の話ばかりになってしまうが、一般の夫婦で少なからずあるように、「好きな人ができたから離婚してほしい」と言われたら、梓さんはどうするのだろうか。