脱炭素・脱原発・脱ロシアの「三兎」を追う戦略の誤算

ではなぜ、産業用ガス価格はコロナショック前の水準まで戻る展望が描けないのか。

その理由は、オラフ・ショルツ首相が率いる左派連立政権が、環境保全と安全保障を理由に、脱炭素・脱原発・脱ロシアの「三兎」を追う戦略にまい進した結果、産業用ガス価格がコロナショック前に比べて構造的な上昇を余儀なくされたことにある。

欧州議会議員と討論するドイツのオラフ・ショルツ首相
欧州議会議員と討論するドイツのオラフ・ショルツ首相(写真=European Parliament/CC-BY-2.0/CC-BY-4.0: © European Union 2023– Source: EP/Wikimedia Commons

そもそもショルツ政権は、脱炭素・脱原発を強く志向し、再エネ発電の普及とともに、ガス火力発電の積極的な利用を奨励していた。その火力発電のための天然ガスを、ドイツはロシアから安定的に調達できるはずだった。ドイツとロシアをダイレクトに結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」は、その切り札だったわけだ。

しかし、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したことで、ロシア産の天然ガスの利用に黄色信号が灯った。結局、他の欧米諸国との関係もあり、ドイツはロシア産ガスの利用を諦めざるを得なくなった。代わりにドイツは、液化天然ガス(LNG)の輸入に努めるようになり、バルト海沿岸に洋上ターミナルの建設を急いだ。

ロシア産天然ガスの利用を削減する代わりにLNGの輸入量を増やしたドイツだが、LNGは液化や海上輸送、再気化などのコストがかかるため、ロシア産天然ガスに比べると費用が高い。つまり、ガスの調達をロシア産ガスからLNGにシフトしたことで、ドイツの天然ガス価格は、構造的な上昇を余儀なくされたのである。

それでもドイツは、ガス火力発電に依存せざるを得ない。脱原発で原子力という電源を放棄し、石炭火力も削減するためだ。つまり、電気事業と化学工業は、天然ガスを奪い合う関係になったわけだ。いわば、ドイツのリーディングインダストリーだった化学工業は、ショルツ政権による「三兎」を追う戦略の最大の犠牲者だと言えよう。

失業者が増え、極右政党が勢いづく

ドイツ化学工業連盟(VCI)は7月21日、2023年上期の化学工業企業(医薬品を含む)の売上高が1140億ユーロと、前年同期比で11.5%減少したと発表した。天然ガス価格が低下せず、歴史的な高値圏にあることがその主因である。同時にVCIは、2023年通年の売上高も前年比で14%減少するという見通しを示した。