高齢者は長生きのためにどこまで生活態度を変えるべきか。医師の和田秀樹さんは「自分の行きたい道は自由に決められるはずだが、家族と医者によって『酒をやめろ、たばこをやめろ』と我慢だらけのイバラの道を押し付けられることは多い。私もけっして長生きしたくないわけではないが、人生は100歳まで後悔のないように航海できるかだ」という――。

※本稿は、和田秀樹『わたしの100歳地図』(主婦の友社)の一部を再編集したものです。

木製テーブルの上に置かれた酒とタバコ
写真=iStock.com/LIgorko
※写真はイメージです

長生きを目指すのではなく、長生きできたらラッキー

患者さんにこのような生活をさせたら長生きさせることができる、そう過信している医師が世の中にたくさんいます。本当はなんの保証もないのに、「この血圧の薬を飲んだら大丈夫」と患者さんに言うのです。

保証がないどころか、日本の医師が「血圧を下げたら長生きできますよ」と言っている根拠はアメリカでのデータであって、日本で大規模な比較調査をしているわけではありません。

血圧の薬を飲んだ群と飲まない群とで、5000人規模の比較調査をすれば、それが信頼できるデータかどうかある程度はわかりますが、本当のところは誰にもわからないのです。これは日本の医師が理屈のほうを完全に信じているからです。

ところが、理屈どおりにいかないのは、わたしが勤めていた高齢者専門の総合病院、浴風会病院に付設する老人ホームの入居者を対象にした調査データが示していました。たばこを吸っている人と吸っていない人の生存曲線を見てみると、まったく差がありません。

理屈で言えば、たばこはからだによくありません、ですが、たばこを吸ってがんや肺気腫を患った人は浴風会の老人ホームに入る前に亡くなっている可能性が高いし、老人ホームに入るまでたばこを吸い続けてきた人には、たばこは害だから吸うなとは言えないのです。

もちろん、長生きすることに関して、そのための努力や研究などは続けたほうがいいに決まっていますが、結局、「運」には勝てないとつくづく感じています。長生きできるかどうかは誰にもわかりません。けっして理屈どおりにはいかないということはわかっていますし、そのうえ、個人差もあります。

それなのに、医師に言われるがまま、お酒をやめて、塩分を控えて、薬をもらって飲んで、頭がフラフラしながら80歳、90歳、100歳まで生きられたとしても、あまりうれしくも楽しくもありませんし、そのような人生が幸せなのでしょうか。

長生きを目指すのではなく、自分の生きたいように生きて、その結果、長生きできたらラッキーくらいでいいとわたしは思っているのです。