妊婦の経済的負担は増える可能性
現行の制度であれば、費用の安い医療機関で出産することで、出産育児一時金と実際にかかった費用の差額分の現金を、手元に残しておくことが可能である。
子どもが生まれると、ミルクやおむつだけでなく、子ども服、ベビーカー、子ども用ベッドなど何かとお金がかかる。これは経済的にあまり余裕のない家庭には、とても助かることだと思われる。
出産育児一時金を、実際にかかる出産費用よりも高めに設定しておくことは、むしろ少子化対策として理にかなっているのである。出産に伴って受け取ることができるお金を「出産一時金」と呼ばずに、「出産育児一時金」と呼んでいることからも、出産だけでなく育児にも充てることは合理的だろう。
さらに日本の保険は(高齢者と子どもを除くと)3割の自己負担が基本である。つまり、出産費用が保険適用になると、その3割を自腹で払わなくてはならなくなる可能性がある。いま政府は、この自己負担分が発生しないような方法を検討しているようだが、まだ最終的にどうなるかは分からない。もし3割自己負担ということになれば、出産に伴う妊婦さんおよびそのご家族の経済的負担は大きくなり、その結果として子どもを持つことに消極的になる人が増えても不思議ではない。
上記の2つのポイントをまとめると、出産費用の保険適用に伴って、出産にかかる経済的負担が大きくなると考えられ、その点で、少子化対策に逆行している政策といえるのである。
出産できる医療機関が減ってしまう
それ以上に問題なのは、出産費用の保険適用によって、出産できる産科医療機関の数が減ってしまうリスクがあることである。
出産費用の保険適用は、妊婦とその家族だけでなく、出産をする医療機関やそこで働く産科医、助産師、看護師など、多くの医療提供者にも大きな影響を与える政策である。保険適用された場合は、価格は国(正確には中医協と呼ばれる組織)が設定することになるのだが、その価格が低すぎれば産科医療機関は経営が成り立たなくなり撤退することになる。
そもそも周産期医療機関は年々減少してきており、地方では近くで安心して子どもを産める産科医療機関が減ってきている状況である。産婦人科医の時間外労働は年間約1900時間とも言われており、他の専門科と比べても過酷な勤務状態である。高齢出産の増加に伴いハイリスクな妊産婦が増えており、24時間体制が求められ、訴訟リスクもあるため、産科医になりたがる人が減ってきている。また産婦人科医の大都市圏への集中も起きており、地方では特に産婦人科医の数は足りておらず、人材不足から閉院することを決める産科医療機関も少なくない。