高齢者施設の見学に夫が同行しただけでも変化
認知症を患っている夫の住み替え先の選択肢となるのは、介護付有料老人ホーム、グループホーム、介護型ケアハウス、特別養護老人ホームだ。ただし、要介護度1の夫は、特別養護老人ホームには申し込めない。林さんが車で面会に行くのに無理のない範囲で施設を探したところ、介護付有料老人ホームでよさそうな施設が2つ見つかった。
2つの施設とも見学に行き、林さんは「ここなら夫の住み替え先として悪くない」と感じたそうだが、夫が住み替えにOKしてくれなかった。急展開での見学となったために、夫側に受け入れるだけの余裕がなかったのが失敗の要因だが、今回、「高齢者施設の見学に一緒に行けた」ことだけでも、林さんは前進したという。「どんなことがあっても、自宅に居続ける」と言っていた以前の夫と比べると、住み替えに対する夫の態度が少し軟化してきているように感じたからだ。
「数カ月くらいでの住み替えは無理だと思いますが、今回の見学をきっかけに、周辺の介護付有料老人ホームはすべて見学するくらいの意気込みで、見学を続けていきます。まずは夫ひとりの住み替えを実現させるように頑張りますが、私が仕事をリタイアした後は、夫婦2人で、別の施設に住み替えることも検討しようと思っています。2人で住み替えをする際は、わが家の資金設計について、また相談に乗ってください」と頼まれた。
通信制高校へ転向して海外の大学進学を目指す
難関はもうひとつある。次男だ。今の高校への復学は難しいと思われるが、大学進学の希望を持っているので、転校するか、高校卒業認定試験を受けて、大学進学を目指すのが現実的だ。高卒の資格が取れる通信制の高校に編入することを検討することになった。
次男は高校卒業の資格を取ったのち、海外の大学には行きたいという希望を持っている。不登校をしていた中3の時、オーストラリアに3カ月間ほど語学留学をしていた経験があり、大学もオーストラリアかカナダなどの海外で通いたいそうなのだ。通信制の高校で高卒の資格を取り、その後、オーストラリアかカナダの大学への進学を探ることになった。
さいわい林家の貯蓄は7600万円、今後も林さんは年1000万円超の収入が見込まれ、海外の大学へ進学させられる財力がある。ただし、その財力も林さんの頑張りによって支えられているので、いつまでも続けられるわけではない。
通信制の高校で4年間、留学準備に1年間、大学で4年間の最長9年間は支援をすることを次男に伝えた。実際に海外の大学となると学費や滞在費などかかるコストは数千万円になると見られ、日本の大学に進学コストの数倍に。貯蓄をかなり削られることは必至だ。
また、9年後は林さんが70歳になり仕事は廃業するので、それ以上の援助はできないことも、次男に伝えてもらった。林さんの提案を受け入れてくれた次男だが、通信制の高校に転校しても、高校を卒業できる保証はなく、まして海外の大学を卒業できるかは未知の部分が大きい。
「海外の大学に進学したいというのは、次男の甘えかもしれません。日本の高校に通えていないのに、よりタフさが求められる海外の大学を卒業できるかは、本当に分かりません。ですが、部屋の中に閉じこもっている次男の姿を見ているよりも、私にとっては心が軽くなる選択なんです」という林さん。
海外の大学に送り出せるだけの財力があるからこそのプランであるが、現状を変えたいと考えている林さんにとっては、次男が普通のレールに戻るための道筋なのだろうが、それを成就させるためにはプールしておいた認知症の夫と自分の老後資金と引き換えという薄氷を踏むことになりそうだ。