あまりに山奥なので「四国のチベット」といわれる徳島県那賀町に、「世界一美しいコンビニ」がある。立ち上げたのは、この地で生まれ育った電子書籍取次大手メディアドゥの藤田恭嗣やすし社長だ。なぜ古里にコンビニをつくったのか。ジャーナリストの牧野洋さんがリポートする――。(第12回)

「四国のチベット」に現れる未来的建築物

高い山々に囲まれて「四国のチベット」とも呼ばれる徳島県・那賀町なかちょう木頭きとう地区。ここをドライブしていると、大自然の中で美しく輝く未来的建築物が目に飛び込んできてハッとさせられる。

その名もずばり「未来コンビニ」。食品や日用品のほか、名産であるユズの加工品などの土産物も販売している。立地場所が人口1000人足らずの限界集落でありながらも、2020年4月の開店から3年間で延べ27万人が来店し、このうちざっと半数が買い物をしている。

その多くが観光客だ。駐車場には県外ナンバーの車が多く停められているし、周辺ではスマホで外観を撮影している来客の姿が絶えない。その外観は「世界一美しい」とも呼ばれている。実際、世界三大デザイン賞のひとつ「RED DOT DESIGN AWARD 2021」でリテールデザイン部門の最優秀賞に選ばれるなど、11のデザイン賞を受賞している。

徳島県那賀町の大自然の中に現れる「未来コンビニ」
筆者提供
徳島県那賀町の大自然の中に現れる「未来コンビニ」。木頭再生プロジェクトの一環

「コンビニ不毛地帯」になぜ?

面積の95%が森林の那賀町。徳島県と高知県の県境に位置し、徳島市からも高知市からも車で約2時間かかる。東京23区がすっぽり入る広さだというのに大手コンビニチェーンは2店舗しかなく、全体の3分の1を占める木頭は長らく「コンビニ不毛地帯」だった。事前に何も調べていなければ、ここに来た誰もが「こんな秘境になぜ未来コンビニ?」と疑問に思うだろう。

答えは店内にある。おしゃれなイートインコーナーの片隅に置かれている書籍『奇跡の村 木頭と柚子と命の物語』(KADOKAWA)だ。手書きのポップには「『未来コンビニ』誕生と切っても切り離せない真実の物語」との説明がある。

このコンビニを生んだのが藤田(49歳)だ。メディアドゥの社長であると同時に、古里である木頭の再生に向けて地域密着型ベンチャーを立ち上げたルーラル(田舎)起業家でもある。

出身地の再生を目指して地方創生にエネルギーを注ぐ起業家は珍しくない。だが、藤田は別格だ。起業家としてスタートしたばかりの数十年前の時点ですでに、徳島県の最奥に位置する木頭の復興に人生をささげる覚悟を決めていた。

きっかけは父親・堅太郎の自殺だった。