起業家の成功に欠かせない「偉大な目標」
起業家が成功するためには何が必要か。強烈なモチベーションだ。「サラリーマンは嫌だ」「ぜいたくな暮らしをしたい」といった利己的思いでは駄目。米経営学者ジム・コリンズに言わせれば「BHAG(人々を奮い立たせる偉大な目標)」が欠かせない。
米アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズを駆り立てていたのもBHAGだった。彼が飲料大手のベテラン経営者をスカウトする際に使った決めぜりふは「このまま一生砂糖水を売り続けたいのか、それとも私と一緒に世界を変えたいのか」だった。
2020年出版の『奇跡の村』は小説家・麻井みよこによるフィクションだ。とはいえ、2年に及ぶ綿密な取材に裏付けされており、大筋では「真実の物語」を伝えている。ここから読み取れるのは、ダム建設をめぐって地域コミュニティー全体が分断されるという災厄だ。
藤田にとって木頭は事実上自分の一部であり、切っても切り離せない関係にある。古里の再生は彼を突き動かす原動力で、環境保護とも直結している。まさしくBHAGだ。これがなければメディアドゥは成功しなかったし、未来コンビニも生まれなかっただろう。
旧木頭村を揺るがしたダム建設計画
ダム建設は自然破壊と複雑に絡んでいる。林業に依存していた旧木頭村――2005年の町村合併で現在は那賀町――も例外ではなかった。
事の発端は1971年に表面化した細川内ダム建設計画。旧建設省直轄事業として那賀川の上流に巨大ダムを建てるという内容で、直撃を受けるのは木頭だった。那賀川は「清流四国一」に選ばれたこともある一級河川である。
細川内ダム建設が進めば公共事業という形で多額のカネが地元に落ちる。格安の輸入木材の流入で壊滅的な打撃を受けていた林業従事者にとってみれば願ってもみない展開だった。ダム賛成派が勢いを増すのも無理なかった。
公共事業依存はサステイナビリティ(持続可能性)という点で問題がある。村に継続的にカネを落とす――あるいは雇用を生み出す――ためには村役場は公共事業を誘致し続けなければならない。つまり、環境破壊に目をつぶって「第2の細川内ダム」「第3の細川内ダム」を目指さなければならなくなる。
ダム反対派はどうしたらいいのか。公共事業に代わる新たな産業の創出である。
ここでイニシアティブを取った一人がメディアドゥ創業者の父親であり、書籍『奇跡の村』の主役でもある堅太郎だ。村役場を舞台にして盟友の臼木弘――『奇跡の村』の監修者――と組み、ユズの栽培でイノベーションを起こしたのである。