妊娠と出産

友達もおらず、専業主婦の母親は、子どもの頃から柴田さんに父親の愚痴をこぼした。一方、父親はそんな母親に声を荒らげることは一切なく、いつも「あれでかわいいところもあるんだよ」などとのろけていた。

母親は、「家族旅行に連れていけ!」と父親に圧力をかけ、父親が立てた計画や運転する車に乗る。父親も酒が飲めるのは知っているし、自分も車の運転はできるのに、旅先ではわれ先にと当然のように酒を飲む。それでも父親は文句一つ言わなかった。

「母が私にひどいことを言っても、父はかばってくれませんでした。たしなめる程度でも母は余計にブチ切れますから。だから父は母がいないときに、『そういうときはこう言っておくといい』などとアドバイスをくれました。母の相手をしていたらヒートアップするだけ。だから父と私の間には、母が落ち着くまで言いたい放題言わせるという暗黙の了解が出来上がっていました」

就職して1年後、21歳の柴田さんは、4歳年上の男性と交際をスタート。7年後、プロポーズを受ける。しかし、こうした時も母親が立ちふさがった。

母親に会わせると、「長男なんて“姑つとめ”だ」と言って大反対。それでも交際相手が、「親との間には僕が入りますから。娘さんは僕が守りますから」と必死に訴えてきたため、さすがの母親もしぶしぶ承諾した。

ところが結納の後、婚姻届を出す前に妊娠が発覚。結婚に反対していたはずの母親は手放しで喜び、毎日食べ切れないほどの料理を作るように。父親は2階だった柴田さんの部屋を、階段の上り下りをしなくてもいいようにベッドを下ろし、1階にしてくれた。

しかし数日後、柴田さんは愕然とする。婚約者は自分の両親と3人で勝手に新居を決め、契約し、家具まで選んで運び込んでいたのだ。

それから数カ月後、まだ妊娠6カ月のある日、柴田さんは腹部の張りと痛みに襲われる。たまらず両親に訴えると、父親が産院まで車を出してくれた。柴田さんは緊急入院となり、陣痛を止める点滴を打ったが、翌朝破水。分娩室に入ると、心配そうに付き添う両親に柴田さんは、「外で待ってて」と声をかけた。すると遅れて来た夫は、「自分が見てるんで、ご飯食べて来てください」と頓珍漢なことを言った。

「目の前で孫が死にそうなときに、ご飯なんて食べに行くわけないじゃないですか。『何ズレたこと言ってるんだろうこの男は……』とあきれました。さらに、私の腰をさすりながら、『頑張れ!』なんて声をかけてくるんですが、(このタイミングで)産んでしまったら子どもは死ぬって言われてるのに、『何を頑張れっていうんだ! 産めるかよ!』とイライラしました」

柴田さんの婚約者に対する嫌悪感は最高潮に達し、手を握られた瞬間、「触るんじゃねぇ! 出て行け!」と叫んでいた。

結局子どもは死産。分娩室に戻ってきた婚約者の第一声は、「昼食ってないから腹減ってんだよね」だった。その瞬間、婚約者とは破局した。