劣悪な環境で一生を終える日本の乳牛

しかし、統計的にこのような牛は一定数存在する(2019年度乳用牛群能力検定成績では2.3%)し、この牛の年齢についてはデータ(個体識別番号)からも証明できる。

以前の論考の中では省略したが、私への情報提供者は次のように指摘していた。

「この牛は、移動履歴を見ると、産まれてから死ぬまでこの農場で過ごしたことがわかります。放牧場も運動場もない、搾乳牛の囲いは10m×20m程度で搾乳牛数は30頭ほどもいる狭い牛舎(フリーストール)です(※3)

10年間、柔らかい土の上を歩くこともできず、搾乳室と牛舎の中をただ行ったり来たりさせられるだけの、コンクリートの上での一生でした。私が見た時は、餌をくわえては後ろに放り投げる、後ろに放り投げるという動作を繰り返していました。

ブタや鶏もそうですが、動物は自分で餌を探して食べたいという強い欲求があります。自分で餌を舌で刈り取って食べなければならない(放牧)のと、餌を用意してくれてそれを食べるだけでよいの(放飼)と、好きなほうを牛に選択させたところ、手間はかかるけれど自分の舌で刈り取って食べるほうを牛は選択します。満たされなかった欲求が転嫁されたのが、餌を放り投げるという異常行動です。本来の習性を何も発揮することができず、自分の生態からかけ離れた環境に10年間も閉じ込め続けたことへの、牛からの抗議だと、私は受け取っています。」

※3 筆者注 これでは牛は自分の体の3倍くらいのスペースでしか生活できない。たとえて言うなら、朝9時台の東京の通勤電車の中で一生暮らしているようなものだろうか

私に反論した人は、10年も劣悪な環境で生かされ続けた乳牛の悲しみや苦しみを理解できるだろうか?

牛舎で座っている乳牛
写真=iStock.com/Kutredrig
※写真はイメージです

穀物飼料を使うのは、酪農家の経営上の都合

反論の一つに、高泌乳に改良された牛を放牧すると栄養失調にかかるという酪農家の主張もあった。しかし、これは“本末転倒”である。異常な高泌乳牛に改良したのは、牛の生理に合った牧草ではなく、栄養価が高く乳量が増加する穀物を食べさせるという前提があったからだ。

この酪農家が、自分が飼っている乳牛を放牧し栄養失調にした経験があるはずがない。この主張自体疑問である。北海道足寄町の調査では、「舎飼」の8652kgと「放牧」の7552kgという一頭当たりの乳量の差は、「舎飼」が12.1kg、「放牧」が6.3kgという一日当たり濃厚(穀物)飼料給与量の差によるところが大きいとしている(※4)

「放牧」にしても牛は栄養失調にかかることなく生乳を生産している。穀物飼育で乳量を上げたいというのは、酪農家の経営上の都合からである。牛の健康からもアニマルウェルフェアからも放牧が望ましい。

先の10年生きた牛の例とは異なり、一般的には、諸外国に比べ日本の牛の平均寿命は短い。

「舎飼が濃厚飼料の投入が多い分、個体乳量も多くなっているが、一方では病気による廃用(除籍)も多くなっている。通年舎飼い方式は通念牛を狭い場所に閉じ込めるか、牛床に固定するためストレスの増加と運動不足による病気が多発し、寿命を縮めている実態が明らかになった」(※5)

※4 柏久編著『放牧酪農の展開を求めて』(日本経済評論社2012年)223~224ページより
※5 柏久編著『放牧酪農の展開を求めて』(日本経済評論社2012年)224ページより