長期国債を大量に保有しているため、金利が少しでも上がれば(=国債価格の下落)、日銀は巨額な含み損を抱える。中央銀行の信用にかかわる異常事態だ。中央銀行が信用を失えばどうなるか。通貨の信用が失われる、すなわち日本円の紙くず化という最悪の事態も考えられる。

日銀とは、一般国民には遠い存在だ。国民が預金をすることはできず、日銀に直接かかわることはほぼない。それがゆえに、今の日銀が、いかに悲惨な状況なのかを理解しにくいと思う。

しかし日銀マンにはわかる。内部に入ればいるほど悲惨さがわかるはずだ。だから総裁職から逃げ、誰も引き受けようとしなかった。それだけ日銀は黒田総裁の「異次元の金融緩和」で後には引けないところまで来てしまった。

本命候補の雨宮副総裁も逃げ切った 

今年1月、ある日銀OBの知人は「雨宮副総裁は、責任を取って受けざるを得ないだろう。ただし、白装束を着て切腹覚悟で」と話していた。

だから私は、日経新聞電子版の「日銀次期総裁、雨宮副総裁に打診 政府・与党が最終調整」の誤報(?)(2023年2月6日配信)を読んだ時、「新聞辞令か、これで雨宮氏は外堀どころか内堀まで埋められてしまったな。切腹覚悟の白装束で総裁を受けざるを得ない、かわいそうに」と思ったものだ。

しかし結局、雨宮氏も逃げ切った。賢明な判断だ。かつ将来の日本のためにもなる。彼は黒田氏に同調した戦犯ではあるものの、日銀に取って代わる新中央銀行が必要になった時に、その運営に関与してもらわねばならないからだ。

中央銀行の運営は素人ができるものではない。金融に対する深い知識と中央銀行マンとしての実務経験が必要不可欠だからだ。

なぜポスト黒田を引き受けたのか

さて、そこで植田氏である。なぜ彼はそんな日銀総裁職を引き受けたのだろうか。

私は、終戦(1945年8月15日)の直前に陸軍大臣となったようなものだと思う。終戦後の日本再興に寄与できただろうに、それを捨て、極東軍事裁判でA級戦犯となり監獄入りすることを自ら選択したに等しい。

植田氏は、かつて日銀審議委員を務めていたが、そもそも経済学者、東大の先生だ。しょせんは机上の学問で、日銀マンのように実務を経験していたわけではない。結果、学者の純粋さで、金融市場の怖さを甘く見てしまったのではなかろうか。かわいそうに、と思ってしまう。

植田氏が仕事も始めてもおらず、力量さえわからない時点で、なぜ、これほどまでネガティブなことを書くのだと怒る方もいらっしゃるだろう。

植田氏が、優秀な学者だということは十分存じ上げているし、平時の日銀なら素晴らしい運営をされうる実力者だと私も思う。しかし、日銀の現状は誰が日銀になったから大丈夫だとか、駄目だ、とかの次元を超えてしまっている。

誰が総裁になっても出口はないのだ。