ウクライナとの戦争が長期化すれば、軍事費のさらなる膨張は避けられない。政策的経費である軍事費が膨張すれば、経常的経費(通常の行政サービスを提供するための経費)が圧迫され、政府による公共サービスが劣化を余儀なくされる。目に見えるかたちで市民の生活が悪化すれば、ロシアの厭戦えんせんムードは一段と強くなる。

とはいえ、ウクライナとの戦争がすぐに停戦に向かう展望は描けない。中国やインドに代表される新興国向けに石油やガスの輸出を増やしたところで、歳入を増加させるには限度がある。こうした状況に鑑みて、切れるカードは切っていくという観点から、ロシアはEUに対してヤマルパイプラインの再稼働の可能性をチラつかせているのだろう。

ロシアのもくろみは外れることになる

EUはロシアの提案には乗らない公算が大きい。EUはこの間、天然ガスの使用量の削減に取り組むとともに、ロシア以外からの天然ガスの調達を増やしてきた。このこと自体は、ロシアも想定していたはずだ。そしてロシアは、この動きは緩やかに進むか、あるいは限定的なレベルにとどまると想定したと考えられる。

しかしながら、EUの天然ガスの脱ロシア化は、ロシアの想定以上のペースで進展した。もちろん、ロシアからの天然ガスの供給に依存していたドイツや中東欧の内陸国の天然ガス需給は厳しいままだが、一方で米国産を中心とする液化天然ガス(LNG)の輸入は、地中海や大西洋に面した国々を中心に、着実に増加しているようだ。

ガスコンロに鍋
写真=iStock.com/Seiya Tabuchi
※写真はイメージです

それに経済・金融措置の報復として、ロシアがヨーロッパに対してパイプラインによる天然ガスの供給を削減したことで、EUはロシアに対する不信感を一段と強めた。EUもまた、ロシアからの天然ガスの供給が完全に停止する事態を恐れていたが、それが現実味を帯びたことで、EUはむしろ腹をくくったものと考えられる。

もちろん、EU側にも懸念される要素が多い。今冬の天然ガス需給は逼迫ひっぱくを免れるだろうが、来冬は分からない。引き続き消費の節約を試みたところで、厳冬となれば天然ガスの消費量は増加する。それに、再気化や貯蔵のためのターミナルを増やしていかなければ、第三国からのLNGの調達を増やすことはできない。

こうした状況に鑑みれば、ヨーロッパのエネルギー事情は引き続き不安定であり、そのためディスインフレ(インフレ率の低下)も順調には進まないであろう。こうした点がヨーロッパの経済の圧迫要因となるが、とはいえEUが天然ガスの脱ロシア化を見直すとはまず考えにくく、ロシアのもくろみは外れることになるのではないだろうか。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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