だから、リスク回避のひとつの工夫として、軍隊は階級を尊重する。究極の縦社会である自衛隊では、上官の命令、決定は絶対だ。もちろん、異論を唱えられる場がないわけではなく、時間に余裕があれば、さまざまな意見を交わし合う。

しかし、意見が分かれたまま、戦場に出るわけにはいかないし、そもそも緊急事態に悠々と民主主義の手続きをとっているヒマなどほとんどない。軍隊が末端まで細かく階級分けされているのは、不測の事態で上官が倒れてしまっても、自動的に次のトップが決まって命令の系統に不備がないようにという工夫である。

自衛隊と違って「自由」な風土の一般企業では、上司が部下に対して「じゃあ、ひとつよろしく」で済ませる場面もあるだろうと思う。

拙著『しばられてみる生き方』でとりあげた例で説明すると、たとえば社内の懇親のために上司がイベント開催を思いつく。そこで上司が若手社員に「今度うちの課の全員で、家族を呼んでバーベキュー大会でも開こうと思うのだが、君がその音頭をとってくれよ。よろしく頼むよ」と言ったとしよう。一見、なんでもない命令だ。しかし、この命令には若手社員を悩ます要素がふんだんに入っていることに、ぜひ気づいていただきたいのだ。

真面目で責任感の強い部下が陥りがちな罠

全員参加はマストか。仕事か仕事外のレクリエーションか。独身者も「家族」を呼ぶべきか。社員の家族にも用事があると思うが、それを押しても参加が求められるのか。バーベキュー大会「でも」ということは、バーベキュー大会でなくてもいいのか。「音頭をとる」というのは、手配まで自分がやるのか、それとも声をかけて集めるだけでいいのか……。

こう書くとバカバカしいようだが、マジメで責任感が強い人ほど、「よろしく頼むよ、と言われたのだから、いちいち上司に確認するわけにいかないし……」と、一人で悩む要素満載の「命令」なのである。
「よろしく」には「上手にやってね」の意味が含まれていて、こうしたあいまい表現は「上手にやる」方法を部下の裁量に任せすぎてしまう。