ところが、便宜上の表現として「軍隊式」という言葉を採用するが、こうした「軍隊式」の組織や生活は、現場での任務、つまり防衛出動といった戦闘を伴う任務の過酷さを横におくと、ふだんは意外につらくないのだ。
なぜだろうか。それは事細かな規則と厳格な縦社会は「戦場」という、これ以上ないほどの強いストレス環境を乗り越えるために編み出された「有効なストレス対処法」だからである。
具体的に説明してみよう。軍隊の指揮官には、「作戦」「情報」「人事」「後方(物資)」の4人のスタッフがいる。このうち情報スタッフは、「情報をいかに集めるか」と「集めた雑多な情報のなかからいかにして価値のある情報だけをすくい出すか」を常に考えている。4人のスタッフのなかでも、もっともハードな頭脳労働が必要になる。情報スタッフは、指揮官がいま必要としている情報だけを端的に提供する役割を担っている。
行動経済学に「選択肢が多すぎると結局何も買えなくなる」という「決定回避の法則」という法則があるが、それと同じで、情報が多すぎると指揮官は決定しにくくなる。戦いでは一瞬の躊躇が命取りになる。情報スタッフが必死に取捨選択した情報だけに集中すれば、冷静かつ迅速な決定が下せる可能性が高くなる。
この業務の流れ(仕事の区分)は、実は情報スタッフの作業の質も向上させている。情報スタッフは、作戦の決定を下す重責からは解放されているのだ。つまり、「情報収集」と「選択」が切り離されているのである。
往々にして、現場は急を要する状況だから、各人がスピード感を持って粛々と自分の任務に集中する必要がある。つまり、責任の領域の限定は、それぞれが余計なストレスを抱えることなく、任務に集中できる環境を整えるための解決策なのだ。
また、軍隊で各人が勝手に「自由」にふるまったら、味方の動きが読みづらくなる。味方がどう動くか予測不可能になったら、お互いの信頼が揺らぐ。こうした事態は、戦場において、文字通り、命にかかわるリスクとなる。