日本の研究力が下がっているのはなぜか。脳神経科学者の毛内拡さんは「若手研究者は35歳過ぎまで安定したポストに就けず、ようやく教授になっても定年で退職しなければいけない。そのため、海外に研究拠点を置き、日本に帰ってこない研究者が増えている」という――。

※本稿は、毛内拡『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

セミナーに出席する白衣を着た人の手
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです

超ブラックの可能性を秘めている裁量労働制

若手博士が晴れて研究者として第一歩を踏み出した際の最初にして最大のハードルが、任期です。つまり、ポスト・ドクトリアル・フェロー(ポスドク)や助教として雇われるが、決められた期間しか雇われないという契約です。業績によっては契約延長ということもあります。

労働契約は、裁量労働制で、好きな時に働いて好きな時に休んで良いという聞こえの良い条件ですが、逆に言うと超ブラックになる可能性もあります。お給料が年俸制ということも少なくないので、時間当たりの給与に換算すると、「私の給料低すぎ!」という事態にもなりかねません。それでも暴動を起こさずに、黙々と仕事を続けているのは、自分の好きなことをやらせてもらっているという気持ちからなのかもしれません。

この任期の期限は、日本特有のものかといえばそんなことはなく、欧米の方がもっとシビアだと聞いています。欧米では、終身在職権のことをテニュアと言いますが、このテニュアを得るために熾烈しれつな競争があります。アシスタント・プロフェッサーなどは、若くして研究室を任せられるキラキラした憧れのポジションではありますが、期間内に審査をクリアしないと、容赦なくクビになるそうです。

そのかわり、永久在職権を手に入れると、定年などにかかわらず、研究資金を得ている限りは、80歳だろうが90歳だろうが職が保証されるという日本とは異なるしくみもあります。

お試し雇用中の若手教員は死に物狂いで働く

日本では、テニュアといっても結局定年があるので、教授になっても65歳など定められた年齢に達すると退職しなければなりません。長年、大学に貢献すると名誉教授という職位が与えられますが、それは名誉職であり、実質的には研究室は解散となります。

最近では、大学の教員も終身雇用ではなく、任期制を敷いているところが増えています。特に、若手教員をお試し的に雇用し、決められた期間内の業績を評価してからテニュアを付与する、テニュア・トラックと呼ばれる制度が利用されています。

これは、上述の欧米の制度を部分的に模倣したものと理解しています。雇う側の立場に立てば、確かに雇用したはいいけど全く仕事をしない人だと困るので、そういう制度を導入したのだと思います。しかし、このテニュア・トラックの審査は非常に厳しく、ようやく職を得ても最初の5年くらいは死に物狂いで働かなければなりません。