政治やコロナ対策に表れる前例踏襲思考

話が飛ぶようですが、私は、前例踏襲思考は近年の「投票行動」にも表れていると思います。

安倍晋三政権は、森友学園問題や桜を見る会問題など、スキャンダル続きの政権でしたが、結果的に史上最長の政権となりました。このことにも、私は、国民全体の前例踏襲思考が表れていると思います。変化を好まない人が増えた結果、何があっても安倍政権に票を入れ続ける人が多数派を形成し、政権が継続し続けることになったのです。

私は、コロナ禍を起因とする「自粛禍」の悪影響によって、日本人の脳はさまざまな方向に劣化したと思いますが、そのいわば「自粛禍脳」の素地として、超高齢化による国民全体の前頭葉の萎縮傾向があったわけです。コロナウイルスはその背中を押し、進行スピードをアップさせたのです。

そのコロナ禍脳の一症状である「前例踏襲思考」は、個人だけでなく“組織的”にも進行します。たとえば、政府のコロナ禍対策には、その傾向がはっきり表れています。

目下、日本を除く先進各国は、国民の行動制限を解いて、新型コロナ流行以前の「自由な日常」に戻す方向に動いています。ところが、日本では依然、「自粛要請」一点張りの政策が続いています。

ここで、「自粛要請」とは、具体的には何なのか――その中身を見てみましょう。

例にとるのは、2022年初め、第6波時に東京都が行った「要請」です。

令和4年2月10日付けの「新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置」によると、都民向けには、

・不要不急の外出は自粛し、混雑している場所や時間を避けて行動すること
・営業時間の変更を要請した時間以降、飲食店等にみだりに出入りしないこと
・不要不急の都道府県間の移動は、自粛すること

などが求められました。回りくどい文章ですが、要するに「街に出るな」「繁華街に行くな」「遅くまで飲むな」「旅行はするな」という意味です。

すでに、中国の武漢ぶかんで新型コロナウイルスが発見されて以来、約2年半にわたって、日本では、「三年一日」の如く、このような自粛策が繰り返されてきました。コロナウイルスは変異し続けているのですが、その対策は前例が踏襲され、変化しないのです。

今のコロナは「ただの風邪」

ここで、はっきりいっておきましょう。

今のコロナは「ただの風邪」です。

2020年の初め、新型コロナが流行しはじめた頃には、私も医師として「これは、大変なことになった」と戦慄せんりつを覚えました。感染力、致死性ともに高いウイルスが、出現したのではないかと身構えたのです。

しかし、幸い、それは杞憂きゆうに終わったようです。その後、新型コロナも、過去の多数のウイルスが歩んだ道をたどりはじめています。

新型コロナウイルスの顕微鏡写真
写真=iStock.com/feellife
※写真はイメージです

弱毒化じゃくどくかです。

ウイルスにとって、生存に最も有効な戦略(=最も数を増やせる戦略)は、「感染しやすいものの、宿主に大きな害を与えない」方向に、変異することです。

ウイルスの目的は、宿主を殺すことではありません。下手に毒性を高めて宿主を殺してしまうと、ウイルス自身も消滅することになるからです。

そこで、過去、病原となるウイルスは、時を経るごとに、弱毒化の方向に変異した株が優勢になってきました。いわば「ウイルス弱毒化の法則」が働いたのです。

実はコロナウイルスは膨大な数で変異しているのですが、そのなかでもこの「法則」にのっとった代表的な株が、2022年前半、多数の感染者を出したオミクロン株でした。ピーク時には、東京都だけでも1日2万人以上の感染者が出ましたが、重症者数は比較的少数にとどまりました。

新型コロナは、デルタ株までは、ウイルスが肺に侵入し、肺炎を引き起こす感染症でしたが、オミクロン株は、おおむね上気道じょうきどうにしか症状の出ないウイルスでした。それまでの株のように肺をおかさないので、「肺炎」という直接死因になる症状を引き起こす症例が少なかったのです。それが、重症者数、死者数が少なかったことの主因でした。

なお、普通の風邪も、肺炎をほとんど引き起こしません。先に「今の新型コロナは、ただの風邪」と申し上げたのは、オミクロン株が普通の風邪なみに、ほとんど肺炎を引き起こさないからなのです。