そうやって、ああでもない、こうでもないと一つ一つ問題を解決していく。これは一見回り道のようですが、商品開発では、工場に入ってからあれこれ直すより、初期段階で時間と費用をかけたほうがいいものができるものです。
しかしいまの日本企業では、効率化やコスト削減のため、試作品づくりを省略し、CAD(設計ソフト)などでつくったバーチャルな完成図で代用することが多くなっている。トヨタでも一時期、インターネットを使って画面を見ながら新商品についてミーティングをしていました。しかしそれでは、「商品のいいところしか見えてこない」のだそうです。やはり実物に触れて初めて気づくことは多い。日本企業が切り捨てていた「現物」に、ジョブズは最もこだわっていたといえます。またジョブズには暴君というイメージもありますが、意外と現場の知恵を信用しているところがあり、関係者のアイデアを集めるのが得意でした。「イノベーションが生まれる瞬間とは、社員たちが何か思いついて、『みんな集まってくれ』と言ったときだ」とか、「僕は1日のほとんどを社員と過ごす」などと言っているほどです。
このような現場との交流は、日本企業のトップが最も苦手とすることではないでしょうか。昔は現場で活躍していた人でも、本社の課長クラスになると急に現場との距離が開いてしまうことは珍しくありません。またスタッフ部門には、自社製品について知らない人が驚くほど多い。工場に行ったのは新入社員研修のときだけ、という人もザラです。
その点ジョブズは1日に何度も現場を訪れ、担当者と話をし、商品の細部にまで口を出す。こんなことを日本でしたら「現場介入」だと嫌がられますが、ジョブズに言わせればそれは「責任放棄」ということになるのでしょう。