中学生の学力を伸ばすにはどうすればいいのか。少年院院長を歴任してきた村尾博司さんは「それぐらいの子どもには数学を教えるといい。数学が分かるようになれば、学びの突破口になる。ただし、どれだけ簡単な問題でも、『算数ではなく数学を教えている』と意識する必要がある」という――。

※本稿は、髙橋一雄・瀬山士郎・村尾博司『僕に方程式を教えてください 少年院の数学教室』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

黒板に数学の解答を書く手
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少年院での教科指導が抱え続ける三重苦

中学生および6割以上を占める中学卒業・高校中退者に対する教科指導の最大の目標は、基礎学力を身につけることには間違いありません。しかし、時間的制約、さみだれ入院、基礎学力の問題という三重苦に加えて、専科体制をとれない指導体制の問題が加わった宿命的な課題が横たわっているのです。

矯正教育の柱のひとつである教科指導において、なぜ数学に着目したのか、お話をさせて頂きます。前述した教科指導が抱える課題は、私が法務教官として採用されてから、一貫して変わらずにありました。

劣等感から抜け出せず、学ぶ意欲が湧かない少年たちの問題は、学びを諦めてきた彼ら自身の問題以上に、諦めさせてきた大人の側の問題が大きいと言えます。とりわけ、数学では「3ナイ」現象と呼ばれる問題が少年たちを苦しめていました。つまり、分からナイ、つまらナイ、役に立たナイです(秋山仁氏。「朝日新聞」2021年10月6日朝刊)。

基準を置くのは「分からない」層か「できる」層か

2011年春、縁あって、群馬県の中学生だけを対象とする少年院に2度目の勤務をすることとなりました。入院間もない少年たち一人一人と面接をする機会があります。せっかく、つまずいて少年院に来たのだから、何かをつかんで立ち上がって欲しいと必ず伝えることにしていました。

そして、今までの学校生活について詳しく聞き取りながら、数学は好きかと尋ねます。数学が好きと答える少年はまれでした。むしろ、必ずと言ってよいほど、嫌いという言葉のつぎに「3ナイ」発言が続くのです。数学を教科嫌悪の元凶のようにたとえ、だから中学校からドロップアウトしたと胸を張る少年もいたほどでした。

一方で、義務教育を行う少年院でしたので、たびたび、授業の様子を見る機会がありました。前述した三重苦を抱える少年院の教科授業。とりわけ、数学の授業においては、元教員であったベテランの外部講師の方が、一斉授業を進める上で、教える基準をどこに置くべきか、大変苦慮されていました。

「分からない」層に置くのか、「できる」層に置くのか。どの層に置いても、必ず、遊んでしまって授業に集中できない層が生まれます。生徒には不満が、指導者には不燃焼感が残っていました。