※本稿は、髙橋一雄・瀬山士郎・村尾博司『僕に方程式を教えてください 少年院の数学教室』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
自由に会話できない少年たちの飾らない本音
この10年間、複数の少年院で数学の授業を通じて、多くの少年たちと出会ってきました。ここでお話しする少年は、施設内でのマスコミや大学などの研究者による取材・面談で見せる少年とは違う、限りなく素に近い状態の彼らです。
その理由は、授業を通じて少年たちと徐々に信頼関係を築いた中で、授業および個別指導時、少年の方からいろいろと話しかけてくれたからです。施設内では私語厳禁ゆえ、当然、日常生活において少年同士でも自由に会話はできません。見つかればペナルティーとして、単独室で数日間反省をさせられることもあります。だから、彼らは話すことに飢えていて、特に個別指導時での飾らない本音から、徐々に彼らの内面の変化を追体験して頂ければ幸いです。
そこで、今までに数百人の少年を指導してきて、特に印象に残った彼らの話をしたいと思います。
夢があるから「高校には行きたいんだよな」
「うっせ~んだよ! ほっとけよ!」
これは赤城少年院(群馬県)に行くようになった最初の頃、ひとりの少年から言われた言葉です。
教員免許を持たない私は資格の問題から直接指導ができないので、授業中、少年一人一人に「難しい? 分からないことがあれば言ってね」と声掛けをして回っていました。最初の頃の少年たちの反応は皆、黙ってうなずくか「大丈夫です」と言うだけ。それでも声掛けを続け、2カ月が過ぎた4回目の授業のとき、窓際の前から3番目に座っていた少年にいつものように声掛けをしたときのこと。
今まで無言でうなずいていた少年が、突然「うっせ~んだよ! ほっとけよ!」、そして、「俺は先輩のところで鳶やるから、勉強はいらね~んだよ!」と。そこで私は「そうなんだ、分かった。ゴメンごめん。自分は高いところ苦手だから凄いね。でも、現場で足を滑らせて落ちて働けなくなったらどうする?」と問いかけると、無視されました。当然です。
その後も常に全員に声掛けをし、彼は聞こえないかのように今度は無視を続けていました。そして、4カ月が過ぎた頃、また無視かと思いきや、突然「先生、俺も高校に行けるかな?」と。一瞬驚きましたが「大丈夫だよ! そうなんだ、高校に行きたいんだね?」と私。すると「俺、実は夢があるんだ。だから高校には行きたいんだよな」と。