そのとき私の前に現れた彼は、最初に会ったときとはまったくの別人で、一瞬自分の目を疑いました。体型はふた回りほどスリムになり、顔の表情があまりにも優しく、特に眼つきがここまで穏やかになるのかと思うほど変わっていたのです。

たぶん、ひとりの少年の矯正施設を通してのこのような変化を目にできるのは、法務教官ぐらいのはずです。瀬山先生と私はそれを経験できているからこそ、今でも依頼があればお手伝いさせて頂いているのだと思います。

先生に言われ、小学校で1日中テレビを見ていた少年

ここでお話しすることを少年から聞いたとき、自分の耳を疑いました。

この少年の養育環境は、彼の言葉を引用すれば「家には父親と兄弟だけで、父親は少年院上がりで勉強なんて必要ないと家では一度も教科書を開いたことがなく、いつも家には兄の友人が遊びに来ていて、これでいいんだと思っていたんです。また、小学校の6年間は、学校に行くと先生からも朝から帰りまで教室でテレビを見ているように言われた」。

だからか彼の学力は低く、でも驚くほど理解度は高かったのです。そこで、「今まで勉強をしたことはあるの?」と聞くと、「中学2年生のときに児童養護施設に入り、そこで生まれて初めて教科書を開いて、読んでいて自分でも驚いたんだけど案外分かっちゃって」。

数学の問題を解く子供
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さらに「このときの先生が優しい人で、だから自分も将来は、養護施設で自分のような子どもの先生になりたいと思い、高認試験にどうしても合格したいんだ」と。

「俺たち能力はあるが学力がないだけなんだよ!」

彼が入院した理由は暴走族で暴れまわっていたからで、出院したあとは被害者の慰謝料などを稼がないといけないからすぐには受験できないが、どうしても養護施設の先生になりたいとの意志の強さが伝わってきました。

ただ、彼が言う養護施設での先生になるには、通常、大学の社会福祉学部に入ることが必要です。だから、「高認試験を受かってもさらに大学入試もあるから、国語・英語なども勉強しないといけないが……」と話すと、彼から忘れられない言葉が返ってきました。

「先生、俺たち能力はあるが学力がないだけなんだよ! だから、先生、俺たちに勉強教えてくれよ!」と、必死に訴えてきたのです。この言葉を聞き、改めて矯正教育における教科指導の意義を強く感じ、その後も身体的にしんどくても依頼があれば遠くまで行く動機づけにもなっています。