一般の小・中学生にも7人に1人いる「境界知能」
『ケーキの切れない非行少年たち』の著者で、精神科医師でもある宮口幸治氏は、少年院には、軽度知的障害者(IQ50~69)とは別に、境界知能対象者(IQ70以上85以下)が相当数おり、見たり、聞いたり、想像したりする認知機能の弱さが学習に悪影響を与えていると指摘しています。併せて、一般の小・中学校においても境界知能の対象者が14%、7人にひとり存在し、特別な支援がなく見過ごされていることをあやぶみ、学習の土台である認知機能を強化するトレーニングを提言されています。この見解には基本的に賛同できます。
ところで、宮口氏が勤務されていた少年院は、軽度知的障害や境界知能の少年ばかりを集めた全国に3カ所しかない支援教育課程専門の少年院です。知的制約のある者の割合は、少年院全体で見ると、22%、5人にひとりです(2020年の少年矯正統計)。
宮口氏が、認知機能の弱さに配慮した治療の必要性を痛感されたことは自然の成り行きでしょう。実際の支援教育課程においては、他の課程の少年と比べて倍以上の手がかかりますので、知的理解を助ける教材が準備され、特別な配慮が必要な治療プログラムも組み込まれています。
適切な指導があればIQや学力は伸ばすことができる
IQというモノサシだけを見れば、少年院全体で知的制約者と境界知能対象者で30%強という数字も出ています。しかし、IQだけをもってこれら対象者すべてが学力面で困難性があるという明確な根拠はありません。IQは、知的能力を測る指標ですが、それに取り組む段階での意欲の程度で変化します。また、その後の学習の積み重ねによって高い数値を示すことも知られています。
つまり、知的制約者を除く80%近くの少年は、適切な指導があれば、十分に学力を伸ばすことができる可能性があるとも言えます。髙橋先生と瀬山士郎先生による数学の実践を見ても、知的能力にばらつきのある少年院において、基礎学力を向上させてきた知見が得られています。
さらに言えば、少年たちの認知機能の弱さは、発達障害の影響や非行体験を通じての「誤った学習」にも原因があるのです。要は、それをどう学び直しをさせていくのかという視点が重要です。加えて、障害を弱みとだけとらえるのではなく、強みに変えて伸ばしていく視点も必要だと考えます。
ニトリホールディングスの創業者、似鳥昭雄氏は、小学4年生になっても自分の名前を漢字で書けず、成績はいつもビリだったそうです。大人になって、ようやく自らの発達障害に気づいたそうですが、本人の注意力に欠ける多動性を積極性ととらえ直し、背中を押してくれた家族のおかげで、さまざまなアイディアを生み出すことができたと述べています。また、こうも言っています。「好きなことは集中できる」「長所で短所が隠れる」と(「朝日新聞」2021年7月5日朝刊)。