「400戦無敗」と謳われた格闘家ヒクソン・グレイシーの「グレイシー柔術」とは何か。作家の増田俊也さんは「過去、人類三千年の歴史のなかで格闘技のビッグバンとなった事象が二つあった。ひとつは講道館柔道の創設。ひとつは琉球王国における空手の誕生。ヒクソンの『グレイシー柔術』はそれに並ぶ3つ目のビッグバンだろう」という――。

※本稿は、ヒクソン・グレイシー著『ヒクソン・グレイシー自伝』(棚橋志行訳、亜紀書房)の「解説」を再編集したものです。

ヒクソンとその塾生たち
写真提供=THE RICKSON GRACIE COLLECTION
ヒクソンとその塾生たち。1994年、プロレスラー・安生洋二との対戦後に撮影

ヒクソン・グレイシーが究極のファイターと言えるワケ

ヒクソン・グレイシーという名前を見るだけで今も私は高揚し、心臓の鼓動が速まる。

断言するが、20世紀末のあの時代、世界中のあらゆる格闘技界を見わたしてもヒクソンに勝てる者は一人とていなかった。これから先、数百年後も数千年後も永遠に格闘技史に名前が刻まれる究極のファイターである。ヒクソンのその栄光はこれからどんなことがあっても損なわれることはない。

「現在のトップファイターと戦ったらどうなのか」。そんな疑義を言う若い格闘技ファンがいるかもしれない。だが現在のMMAファイターにはすべてグレイシー柔術の血が流れている。

総合格闘技(MMA)の源流にあるグレイシー柔術

グレイシー柔術のバーリトゥード用の技術を元にして現在のMMA技術は作られた。

グレイシーの技術を知らなければMMAは絶対に勝てない。だから現代のMMAファイターも未来のMMAファイターも、グレイシー柔術を超えることは永久にできない。なにしろ全員がグレイシー柔術の遣い手なのだから。

私は作家であり、小説を生業にしている。

しかしそれ以上の時間をかけて格闘技の歴史を追い続けてきた。だからヒクソンに関する書籍にはすべて眼を通しているし、雑誌のインタビュー記事も読んでいる。

だが、本書『ヒクソン・グレイシー自伝』を読んでこれまで読んだことがない言葉が無数にあって驚いた。

この本には数々の伝説の試合の裏側が書かれているのはもちろんのこと、世界の格闘技の発展と併走してきたヒクソンの人生すべてが記録されている。今後、これを読まなければ格闘技史は語れなくなる。